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「飯を一緒に食わないか?」
誘って来た上司の言葉に「結構」と答えた自分は、さぞかし生意気な部下に思われただろう。だが、それがどうしたとサカズキは思う。

海軍に鳴り物入りとして入隊したサカズキのことを他の海兵達が噂にしていることには気付いていた。やれ「基礎能力はあるが、どうも…」だの、「将来性は見込めるが、あれでは…」だのと、どれも語尾を濁らせるような評価ばかりが耳に入って来る。しかしサカズキは気にならない。本来ならば上司や先達者達の言葉は素直に受け止めておいた方が自身の成長にも繋がるのだが、サカズキはそれを知らない。生まれてから一度も、年上のみならず、他人を目標として敬ったり従ったりはして来なかったからだ。厳しい縦社会だけで成り立っている、わけではなく、実力も物を言う政府公認の組織において他者の言葉とはつまり己を惑わせるものだと思っている。自分よりも弱い力しか持っていない者の言葉を、おれが聞いたりしてどうする?
纏わり付いて来るような周囲からの視線を意に関さない日々が送られている。煩わしくはあるが、どうせいつかはその目も消えるのだと考えれば、進んで干渉せずとも良い。そう考えているサカズキに、いつもめげずに声をかけてくる存在がたった一人だけいた。その男は、前述の通りサカズキの「上司」にあたる存在だ。遠巻きにサカズキの話をするのではなく、本人に直接声をかけてくるところにまた違った鬱陶しさを感じてしまう。なんせ、直接来られてしまえば無碍に出来ないから困る。話してくることだって「どうでもいい」内容ばかり。仕事のことなんて一切話しては来ない。そのどれもが「飯を一緒にしないか」とか「散歩にでも行かないか」と言った旨のことで、サカズキはそれらに対し逐一「結構」と断っている。 なのに、諦めない。サカズキは厭が応にも男の顔と名前を覚えるハメになった。


「サカズキ、今日こそ一緒に飯を食おう!」

「……結構だ」


今日も素気無く上司――ナマエからの誘いを断った。深く重い溜息と共に言った拒否の言葉に、ナマエは「そうか…」と残念そうに見える。しつこい人だ。と言うよりも、面倒見がいいと表した方がこの人には似合いかも知れない。最初の頃は、何か裏があるのだろうかと勘繰っていたのだが、そんな気はこの人物にはなかったと言うことが分かってからと言うもの、それならばどうしてナマエは自分に執拗に声をかけるのだろうかと言う疑問が残る。まだサカズキは実地訓練には同行させてもらってはおらず、海軍施設内での訓練を重点的に重ねている段階で、まだ将校位であるナマエと進んで交わす内容もない。サカズキを食事に誘ったところで、その間の会話は恐らく皆無だろう。つまり、ナマエにとってサカズキの同行には、なんのメリットもないと言うことだ。サカズキがもし逆の立場でもそう考えて話しかけはしない。

「…じゃあまた来るな」

サカズキにとっては無用の言葉をかけて来た道を引き返す背中を見送る。
かける言葉はない。しかし訊きたいことはあった。

――どうして、あなたはおれに期待をするのか。

されたところで、応えられそうにもないのに





「サカズキ!!!」


今日のナマエは一段と声色が楽しげだった。なのでつい、ほんの僅かな好奇心がもたげて振り返ってしまう。なにか、と口を開きかけたサカズキよりも早く、サカズキよりも一回り年上のくせに少年のような笑顔で「見てみろサカズキ!! 俺のこの作品を!!」と言って手に持っていた物体を目の前に提示してきたことの方へと意識が向けられた。


「………盆栽 ですか」


「そうだ!さすがのお前も盆栽は知っているようだな!」


どういう意図でこれを、とサカズキは疑念に満ちた表情を浮かべてナマエと、ナマエの手の中の"盆栽"とを交互に見やった。

サカズキには若い頃から盆栽観賞の趣味があった。これは誰にも話していないし知らせる気もない趣味だったが、訊かれれば盆栽の良さや魅力を無意識の内に語ってしまいそうな程にはそれが好きだ。
よもや、ナマエがどこからか――ありえないのに――サカズキの趣味が盆栽観賞であることを聞きつけ、物品でサカズキを釣ろうと考えたのか。

そんな疑惑のせいで顔を顰めたサカズキに、遠慮せずにナマエは語り出す。


「どんなに任務で忙しくても必ず二日に一回は帰って手入れをしていてな。俺は特に五葉松種が好きなんだがウメやボケも好きで力を入れて剪定しているんだ。今日持って来たのは松なんだが、見てくれこの模様木!水やりや肥料から始まって害虫駆除、針金かけまで拘りにこだわった作品なんだがどうだ!これで今八年程度の付き合いになるんだが俺の故郷の風景に寄せているんだ。なかなか上手い作品と思わないか!?」

「…………――」


そう――それは、思わずサカズキが姿勢を前のめりにさせて覗き込んでしまうぐらいに熱い口調で

ついその説明に聞き入ってしまう。ナマエの口から出てくる言葉はいつものような無意味な食事への誘いの言葉などではなく、サカズキの意識を充分に惹き付ける趣味への語りだ。ぺらぺらと淀みなく、いかんなく盆栽の魅力や想いなどを話すナマエの顔が、あまりにも楽しそうに見えた。思えば、他人の嬉々とした表情を間近で、それも直視したことなんて初めての経験だった。だが、それは存外に"よいもの"であるように思う



「……見事ですね」


熱を込めた賛辞に一度は聞き逃したナマエも、食いついたサカズキに喜びを返す。海老で鯛を釣ったような気分なんだが! そう言ってナマエは笑いながらサカズキの背中を大きな手で、バシバシと遠慮なく叩いた。なんだこの行動は。訳が分からず戸惑うも、「今度俺の家に来いサカズキ!もっとたくさんの俺の作品見せてやるから! そんで意見交換しようか。同期の奴は誰も盆栽に興味を持ってくれなくて寂しい思いをしてたんだよ」興奮気味に話すナマエの言葉はしっかりと耳に通しておいた。
何となく、この人の下につけたことを幸運のように感じた。
自分に優しくされ、共通の趣味があったと言うだけが要素ではないが、ナマエと言う男からまず信じてみることにしたのだ。