母乳を吸って満足した我が子は、これからお昼寝をするようです。 上から吊るされた音の鳴るメリーゴーランドをずっと目で追っていたから、疲れたのかも知れません。とにかく私はこれで一休みが出来そうでした。 早々に眠った我が子に苦しくないように柔らかいブランケットをかけてあげ、立ち上がって昼食の片づけを開始する。 使っていた自分の分だけの食器を流しへと下げて、布巾でテーブルの上を軽く乾拭きする。僅かに折った腰がピキリと音を立てた気がした。小さな赤ん坊が家族に増えたことにより、今まで以上に上下の運動をするようになり、まだ育児に慣れない体は今日も音を上げている。 あとで夜食の買出しにも出かけたかったけれど、これは少し横になる必要があるかも知れない。 こんな事は、クロコダイルさんには言えませんでした。 だってあの人は、私なんかより何倍も疲れて帰っていらっしゃるのですから。 大きな会社の社長と言う立場は、立っているだけで疲労してしまうのでしょう。 だから、私の育児疲れなんて、まだまだなのです。 幸いにして娘は夜泣きも少ない大人しい子なのでその点に関しては助けられています。いつも疲弊しきって帰って来るクロコダイルさんの手を煩わせるのだけはどうしても嫌でした。 助け合ってこそ家族、なのかも知れませんが、苦労を分かち合えば良いと言うものでもないと思います。 それはまだ私が妻として、親として、若輩者であるからそんな考えを持つんだと言われるかも知れませんが、しょうがないのです。 私にとってサー・クロコダイルという男性は、そう考えるに値するお人なのですから。 「………ふぅ……」 知らず知らずの内に溜息がこぼれてしまった。第二の息が漏れてしまわないように口を引き締める。ボーっとしていたせいで危うくコップを取り落としそうになってしまった。 そして突然掛かって来た電話の音にもまた、驚いてしまう。 「え…で、電話?」 もしかしてまた、クロコダイルさんの知り合いの方からの出産祝いのお電話かしら?と電話の相手からの用事を想定してみる。 汚れていた手を履いていたズボンの表面にそっと撫で付けて、電話の音で娘が目を覚ましていないかを確認の上、素早く電話のディスプレイに目を通す。また驚きがくる。相手は、夫からだったのだ。 「――もしもし、お父さん?」 待たせてしまったお詫びにと直ぐに呼びかけた。 クロコダイルさんのことを"お父さん"と呼ぶことにも、未だ慣れない自分がもどかしい。 じわじわと顔が熱くなる。 受話器の向こう側にクロコダイルさんがいるのかと思うと、それだけで嬉しくなるようだ。 『……、……』 「……? 何か忘れ物ですか?」 『……いや…』 歯切れの悪い返答しか返って来ない。 仕事中に電話が掛かってくることは珍しく、何かあったのだろうかと心配になってしまう。 でも私のそんな心配を他所に、クロコダイルさんがおずおずと口を開く。 『……今度の、休みに………』 「? はい」 『……、……』 「……??」 何を 伝えたがっているのでしょう。決して口数の多くないクロコダイルさんの伝えたいことを悟れるようでなければ妻として面目が立ちません。 私は必死になって考えを巡らせてみました。その間もクロコダイルさんは何かを言いよどんでいる様子 すると受話器の向こうから、クロコダイルさんの声ではない、第三者の声が聞こえてくる ――りょ、こ、う! 旅行に行かんか、と伝えぃ! それは、何度か面識のあったジンベエさんの声 りょ こ う 旅行 聞こえて来た単語を組み合わせて、考えれる限りの予測を立てる。 旅行 旅行 旅行 …もしや、クロコダイルさんと一緒に旅行に行けるのでしょうか? それが、私の考え違いでなければ 嬉しいです。 「……フフ」 思わず、笑みがこぼれてしまいました。自分の立てた予測に自分で幸せになってしまって、情けないかな 『……ナマエ、おれの言いてぇことにもう気付いてんだろ』 「あ、すみません。いえ、笑うつもりではなかったんですよ?」 『……ちっ、別にいい。好きに笑ってろ。……今度の休暇に、三人でどっか旅行に行くぞ。月末には何も予定を入れるな。…以上だ。もう切ってもいいぞ』 口早に告げられたことに喜ぶ暇もなく、電話を切れと促すクロコダイルさんに抵抗してみる 「私からは切れません。クロコダイルさんから電話を切ってくださいな」 『……ナマエから切れば良いだろうが 何でおれが、』 「そんな、勿体無いです…」 『な、にがもったいなっ…… ! うっせぇぞジンベエ!砂にされてェのか!!』 騒がしい音と共に、ジンベエさんの悲鳴が小さく聞こえてきました。よかった、クロコダイルさんが、とても楽しそうで |