*「はじまり」の続きっぽい
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全生徒の前に立って自己紹介、なんて転校初日によくあることがなくてよかった。
小波は目立ちたがりではない。むしろとても控えめな性格で、あまり人前に立って悪目立ちするのは好まないタイプだった。
なのでクロノス教諭が「じゃあ授業が始まるまで、教室にいる生徒達に挨拶しておくとイーノーネ」と言って済ませてくれたことが有難い。
とは言っても、やはり積極的な性格でないことが災いし、こちらから声をかけていく事は出来なかった。
何人かの生徒が向こうから声をかけて来てくれたので、それに返事をするだけ。一部のブルー生徒や女子生徒たちからは遠巻きに見られていたのも分かる。中途半端な時期の少し変わった転入生だ。好奇の目に晒されることも覚悟はしていたが、実際に遭うと目線が刺さってとても居心地が悪かった。
早く授業が始まってくれないかな、と思いながら、小波はずっと教室の後方、入り口近くの壁際に立ってぼうっと教室内を見渡していた。隣で生徒の様子を観察している先生も小波の存在に何も口出ししない。ワイワイ、ガヤガヤと賑やかな声のする教室の風景を 小波は他人事のように眺めている。
どれほど経ったかは分からないが、ようやく、待望のチャイムが鳴った。
「ハイ、急いで席に着くノーネ!」
パンパンと手を叩いて生徒たちを急かしながら、答弁台の方へと下りていくクロノス教諭。
その後を見ながら、自分も着席しなければと思ったところであることに気づき慌てて声をかける。
「ク、クロノス先生! 俺は一体どこの席に…!」
けどこの声は生徒たちの声と先生自身の声によって容易にき消されてしまう。席に着こうとしている生徒たちが通路に立つ小波を邪険そうに扱い、いよいよどうすればいいのだろうかと困惑する。
こうなったら、後方にいる監督官の先生たちに訊こう。踵を返そうとしたところで、ガシッと、誰かに腕を掴まれた。
「さっきから何してんだ?転入生」
「え…っ、あ……えと、遊城、くん」
腕を掴んできたのは先ほど挨拶を交わした遊城十代。キョトンとした様子で
「もしかして、お前の席とか言われてないのか?」と、いま小波を悩ましている問題を的確に指摘した。通路の真ん中で右往左往していた小波の様子はどの生徒が見てもおかしなものに映っていたのだろう。
「そ、そうなんだ…だから先生に訊こ、」
「だったらオレの隣に来いよ。な!」
「え…… えっ!?」
戸惑っている間に、遊城十代は小波の腕を引っ張ってズンズンと通路の階段を一番下まで下りて行き、先に翔と隼人が座って待っていたところへ合流する。
「転入生がここ座るから、席詰めろ!」
「え?ここの席なの?」
「オレが決めた!」
「えぇー…」
胡乱な目で見ている翔だったが、それでもアニキに押され席を詰める。そこに入りながら、
「じゃ、お前の席はここな!」
そう言って自分の隣の席を指示した。
い、いいのかなこんな決め方で……。小波はどうすればいいのかまだ迷っており、クロノス教諭の方へと視線を向けてみたが教諭はこちらに意識など向けておらず全く見向きもしない。
何も言われないが、いつまで立っていても仕方ない。ここは有難く提案を受け取っておこう。
「…あ、ありがとう遊城くん」
「おう!」
遊城十代は満面の笑みだった。溌剌とした明るさと、多少強引だが窮地を救ってくれたことへの感謝もあって、小波には救世主……ヒーローのように見えた。
そして授業が始まり、クロノス教諭や沢城教諭などが入れ替わり立ち代わり授業を進めていく。
授業内容自体はとても興味深く、さすがデュエルアカデミアだと感心するほどだった。
けれどどうにも隣の席の住人は、真面目とは言い難い者だったらしい。
「なあなあ」
小声で話しかけられる。暇そうにしている、遊城十代だ。
「…なに?」
バレないようにこっそりと小声で返す。何か用があるのだろうと思っていたが、遊城十代の言葉は意外なものだった。
「転入生ってのもなんだし、小波って呼んでもいいか?」
「え……」
「ダメか?」
「う、ううん。いいよ」
「ホントか!サンキュ〜」
「じゃあオレのことも、十代でいいぜ」
「…じゅ、十代、くん」
「くんは要らないって」
「じゅ、十代」
「おう!よろしくな、小波」
さっきよりも一際明るい笑顔が返される。
掛け値なしに、十代は今の小波にとってヒーローのように思えていた。
中途半端な時期に行う転入というものに不安を感じていなかったわけでは決してない。話せる友人は出来るだろうかとか、授業についていけるだろうかとか、せっかくの推薦で自分はちゃんとやっていけるだろうかとか。
そんな胸中に抱えていた重苦しい不安が、いつの間にかスッと消え失せていたのだ。
「……ありがとう、十代」
照れ臭さから更に萎んだ声になったものの、すぐ隣の席に座っている十代の耳にはちゃんと届いたようで
「大袈裟だな小波は」
なんてあっけらかんと言うのだ。人の気持ちも知らないで。