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なんでもない"ただの散歩"


朝から控えめなノック。コンコン、「起きてるか?小波」ありもしないことをまず訊ねて、反応がないことに薄く笑みを落としながら改めて扉を開く。


「小波、朝だぜ。そろそろ起きろよ」


十代はそう言って二段ベッドの上段へと顔を覗かせる。
そこには、布団に包まりながら規則正しい寝息を立てているタッグパートナー。トレードマークの赤帽子はベッドサイドにかけられており、普段は隠れている眼差しは瞼の裏に隠れていた。三年間、ずっと見てきた寝顔だ。


「小波」


もう一度声をかけると、「うぅ…んん」とぐずるような声がして寝返りを打とうとする。
背中を向けようとしたので、そうはさせまいと肩を柔らかく掴んで今度は揺り動かすことにした。
続けて呼びかければ、これで小波は大体目覚める。


「おはよう小波」
「……、………はよ……」

寝起き特有の不機嫌さ、というわけではないが酷くぼんやりとする小波のその顔が好きだ。
安心しきっているかのような、その無防備な表情が。



「………きょうは、どうするんだ…?」

二段ベッドから下り、備え付けられている小さな水道で顔を洗う小波が問い掛ける。

「大会に出るとか、カリキュラム受けるか…」
「それもいいな。 でも、今日は少し森の方をぶらついてみないか?」
「…森? いいけど、なんで? あ。久々に川釣りでもするって?」

だったら釣り竿とか持ってかないとな、なんて自分で話を進めていく小波は、とても楽しそうな笑顔を浮かべた。


時折、疑問に思う。どうして小波は、オレの事なんかで、そこまでの笑顔を浮かべてくれるのだろう。
それは時に十代を安らかな気持ちにさせるが、時に十代の心を暗い淀みへと突き落とす。
小波が自分のことで一喜一憂してくれるのが嬉しい。悲しませたとしても、それはそれで、「オレのことを考えてくれているから」だと自分勝手に考えてしまうほどだ。

小波は、一体いつまでこうやって、オレのことを考えてくれるだろうか。
オレは、一体いつまでこうやって、小波のことをすぐ傍で見ていられるだろうか。

「島は、小波に任せる」
なんて、自分で言っておきながら



「――――十代?」
「――っ」
「ビックリした。急にボーっとしてたから。ほら、準備出来たから出かけられるぞ」

すっかり支度を終えていた小波が目の前で心配そうに覗き込んでいた。不意な距離の近さに鼓動が跳ねた気がした。


「……ああ、行くって」
「? で、結局釣りしに行くのか?それとも森にいるデュエリスト達と片っ端からデュエル?」


小波の顔は、とても眩しい。

それは小波の顔が特別整っているだとか、特殊なオーラを発しているとかではない。
小波は人気者だ。慕っている奴らは多い。中には特別な好意を寄せているやつだっているだろう。

オレだけが、小波に特別な想いを抱いているわけではない。

だけど。
きっと、オレだけが、小波のことを眩しく思っている。
誰よりもずっと隣にいたのに、近くにいたのに、すぐ傍にいるこいつを オレは どうしてか。



「………」
「…十代? またフリーズしてる?」

「…いや、何でもない。ただの散歩なんだ、小波」

「散歩?」

不思議そうに問い返す小波。
嗚呼―――


「――お前と、二人で島を歩きたいだけなんだ」



―――― 一瞬でいい。永遠に続け、この時間。