YGO夢 | ナノ
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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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ある暗い夜の日


売店に新入荷したカードパックの開封の儀をしていたら、いつの間にか時計の針は頂点を回っていた。


確かこの作業を開始したのが夕飯後だった。
今日は沢庵を十代に取られ、仕返しに青菜の漬物を奪って騒いだ以外にはいつも通りの夕食の席のこと。
十代とタッグパートナーを組み、連戦連勝を重ねている日々。たまには貯まったDPを奮発して箱買いしたカードパックを部屋に戻って開封しよう、そう思って食堂から部屋に帰る途中の階段で十代も誘ったのだ。

しかし十代は乗って来なかった。
夕飯の時の元気が嘘みたいに、潮風が身に染みる寒い夜気に充てられたのか、いつもよりも力のない笑顔を浮かべて「んー…? オレはいいや!小波だけでやっててくれるか?」
手をヒラヒラと振りながら、自室に入っていく背中を見送ってから早数時間。


カードパックの方の収穫と言えば、上々だった。箱買いしたから上々も何もないのだけど。

このカードは今度使ってみよう、あ。こっちのカードは十代のデッキに合いそうだ。こっちのカードは……なんて一枚一枚手に取りデッキレシピをメモをしながらあれやこれやと悩む。この時間は俺にとって凄く楽しくて、没頭できる時間だった。


でも、一度時間を気にして手が止まったせいで、思考が別の方へと行ってしまう。


十代。あいつの様子が、今になって気になりだした。今あいつは何をしているだろう。

今部屋に行ったら、駄目だろうか。もう寝ているかもしれない。一人部屋になってしまった十代の部屋の様子を思い浮かべてみる。薄暗い空間で、一人で布団に横たわって寝ている姿を何とはなしに脳裏に描いてみたが、何故かとても心臓がザワザワした。


もしかしたらあいつ、何か悩みがあったのかもしれない。

そう考えるとあの時の十代の様子がそうとしか考えられなくなった。


いきなり部屋を訪れて、寝ていたところを起こしてしまったら申し訳ない。PDAで連絡を入れてみようか、でもPDAの音で起こしてしまうかも……


「………俺って駄目だな」


心配になってきたっていうのに、こんなにも上手く行かない。

あの時、もっと気遣っていればよかった。階段を上る足取りの遅い十代を心配して声をかけていればここでまごつくこともなかった。

もっと早い時間に思い立っていればよかった。カードに熱中して思考の片隅に追いやっていなければもっと早い時間に部屋を出れたかもしれないのに。


「……これじゃあ十代のパートナー失格だ」


あいつとタッグパートナーを組みだして二年目になると言うのに。

想定していたよりも絶望の滲む声が出た。ハァ、とため息まで出てしまう。
見上げた自室の天井は、こんなに高かっただろうか。














「――――小波、起きてるか?」













――――――ん?




「え…っ、 十代!?」


気のせいかと思った。

でも確かに、薄っぺらいレッド寮のドアの向こうから、十代の声がした。


「ワリ、こんな時間にさ…もうベッドの中か?だったら降りて来なくて…」

申し訳なさそうな、おずおずと言った様子で遠慮がちに伺う声が返ってくる。ドアの向こうの人物は今にも立ち去ってしまいそうだ。俺は慌てて床に広げていたカードとメモ用紙の間を上手いことつま先立ちで避けながら立ち上がった。

「いやっ!起きてる!床にいる!待って、今開ける…!」


―――冷静になって考えれば。
俺の部屋のドアに、鍵なんてかけていない、朝でも、昼でも、夜でも、不在の時にも。

鍵を開錠する必要もない。ドアノブを捻って勢いよく扉を開けると、外に立っていた十代が「うわっ!?」と声を上げ、寸でのところでぶつかりそうになったのを避けて見せる。


「あ…っぶないなー小波」
「わ、悪い…!大丈夫か十代!?」
「ヘーキヘーキ。当たってないしな」
「そ、そっか…それはよかった…」

慌てた様子だった俺の姿が面白かったのだろう、十代はじっと俺の顔を見ていたかと思うと、「…へへっ」と、笑顔を浮かべたのだ。音にするならば、へにゃっ と言った感じの。


「…なんか可笑しいか?」
「ああ!だってこんな時間に訪ねたのはオレの方なのに、どーして小波がそんなに慌ててるんだよ」
「う……」


だって今の今までお前のことを考えてたから、なんて薄気味悪くて口に出せるはずがない。

上手い言い訳も弁明も思い浮かばなかった。だから諦めて開き直ることにする。不問に処してもらおう。


「……で、何の用なんだ?こんな時間に」
「小波の顔が見たくなって!」
「ぶ…!?」


―――な、なんだそりゃ! お前は俺の恋人か何かか!?


思わずそう大きな声で叫びそうになったのを 唇を噛んで押し止めた。
夜遅い時間に大きな声が聞こえて困らせるような寮生もいないのだが。


「……そりゃまたどうして」
「なんか寝付けなくてさあ。暇だったから、今日一日のデュエルとか思い返してたんだけど、そしたらいつの間にか小波のことばっか浮かんでくるようになって会いてぇな〜って」
「……? そういう…ものなのか?」
「だって本当のことだし」


あっけらかんと言う十代の話はよく理解できなかった。俺が悪いんだろうか? いや、でも悪い気はしなかった。こちらから尋ねるという問題も省けた。


「…とりあえずさ、このままじゃ寒いだろうし俺の部屋入って話すか?」
「あ、いいのか?」
「いいよ。ちょうどパックも全部開封したとこだし、それ見ながら色々話聞くからさ」
「――さっすが小波! じゃ、邪魔するぜ!」
「どーぞ。ちゃんと閉めといてくれよ」


せっかくだし、何か飲みながら話そうか。
そう思って部屋に取り付けられている小さな棚の中を覗いてみる。いつかに手に入れた缶のオレンジジュースがまだ手付かずのまま残っていた。ちょうどよく冷えているし、これでいいか。


棚からジュースを取り出そうとしゃがみこんでいた俺の背後で、ドアを閉め、靴を脱いでいるだろう十代がぼそりと何か呟いた気がした。
俺が「え?」と訊き返そうとして振り返ったが、十代は何も言わなかったし、「なんだ?」と逆に訊ね返してきたのだった。













―――ありがとう、小波。