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「#幼馴染」のBL小説を読む
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≪黒き森のウィッチ≫


今日は家族三人でお出かけをする予定だった。
お母さんと一緒に張り切って計画を立てて、道順を見ながら どこそこでお料理を食べてそれから海に行こうか、なんて話し合っていたし、お父さんは愛車にガソリンを入れたり汚れを落としたりしていた。三人の中で乗り気でない人はいなかった。
なのにお出かけは中止になってしまった。
予報では一日中晴れの予定だった空は突然雷を伴った酷い豪雨に見舞われ、地面を穿つように降水している。風も出てきたせいで家の窓が不安定にガタガタと揺れていた。雨雲が蔓延し、辺りには一筋の光も射してない。お母さんの趣味であるプランターの薔薇が花弁を吹き飛ばされているのが見えた。

お母さんは「残念だったわねぇ…でもまた今度行きましょう」と言って慰めてくれた。
そんなに落ち込んだ顔してたのかな。
お父さんは「こんな日もあるさ。今日は家でゆっくりしよう」と言って励ましてくれた。
そうだね、お父さんいつも仕事で忙しいんだからゆっくりさせてあげよう。

予定がオフになってしまった午後、私は暇を持て余している。せっかくの家族団欒をしようにも、どうも気分が乗り気じゃない。気圧が低下してるせいか、なんだか頭も痛んできてしまった。ズキズキする。

「…おかあさぁーん…」
「ん?」
「ちょっと頭痛いから部屋で寝るー…」
「薬とかは?」
「要らない…ちょっと寝れば大丈夫だと思う」

擦れ違ったお父さんが「雨だしな。横になっておけよ」と声をかけてくれる。この雨の中、どこかへ出かけるらしい。さっきまでのんびりゆっくりしようと言っていたのに、電話がかかってきて急に会社から召集があったのだと言う。お父さんは街の中心部にある美術館で働いている。今日美術館に納入される筈だった展示物の運び入れを 雨で人員が足りないから手伝ってくれと言ったものらしい。ご苦労様なことだ。「がんばってね」「ああ」それだけの短いやりとりをして、私は部屋に、お父さんは外に、お母さんはリビングで今日の晩御飯について悩んでいた。







そして私はベッドに横になって眠りについていた。だけど視界に飛び込んで来るのは真っ暗闇ではなくて、深い深い森だった。
足元は枯れ葉が積もった柔らかい地面。覆い茂るように背の高い木々が乱立していて、100メートル先の道が見えないほど。私はちょうど、そんな諸々の真ん中に突っ立っていた。


「え……こ、ここ どこ…?」


夢の中――だと思った、でもそれにしてはやけに意識が明瞭だった。実物の私が実在する土地に立っているような感覚。けれどそれはおかしい。私は確かに自宅の自分の部屋で眠ったはず。あれからお出かけが再開されたわけでもないんだ。
実感として私が独りで此処に立っている気がしてしまうだけあって、だんだんと心細くなってくる。暗い森に独りぼっち、怖すぎる。


「だ、誰かいませんかー…?」

『いますよ』

「へぇっ!?」


今、こえ が

呼びかけてみたけど返事が返って来るなんてちっとも思っていなかった。なのに私の後ろから女の人の声がした。え、こんな森の中に女の人?って私が言うのも変な話だけど、絶対にまともな人である気がしない。大抵こう言う場合、振り返ると背後にいたのはお化けとか、幽霊とか、とりあえずそう言う類のもので、こんなわけも分からない場所で死亡フラグを立てるわけには……!


『もし、大丈夫ですか?』
「きゃあああああっ!!………えぇっ!?」


肩を叩かれてハッとする。触られた。てことはもしかして、後ろにいる人はお化けじゃないのかな。確かめよう、恐る恐る振り返ってみる。

「……、……」
『やっとこちらを見てくれましたね』

…立ってたのは、やっぱり女の人。でも格好が浮世離れしている。
薄紫色の長い髪の毛に、肩からつま先までを覆い隠すようなこげ茶色のマント…ローブかな? 両目は何故か閉じられていて、額には一本の線が……

と、言うよりそれは、


「く、くろ、≪黒き森のウィッチ≫ぃい…!!?」
『あ、私のことをご存知でおられましたか。嬉しいです、長らくあちらの世界には顔を出せておりませんので…』


知ってる。超知ってるよ貴女のこと。だって私だって、決闘者やってるお父さんの娘だもの。
毎年更新されてる禁止制限カードリストに殿堂入りしてる最強カードのことぐらいなら頭に刷り込んである。

≪黒き森のウィッチ≫
高性能すぎるサーチ能力のせいで準制限、制限、そして今なお続く禁止カード化の影響で使われている場面を見たことは無い。だけど絵柄だけはよく知っていたせいですぐにピンと来た。


「え?え、え、な、なんで≪黒き森のウィッチ≫がこんなところに?え?と言うか私の方がここにいるのおかしいこと?え?」
『確かに貴女がここにいるべき存在でないことは確かですよ、ナマエ。ですが安心してください。貴女の体は今もちゃんとご自宅のベッドで寝ていますから』
「どうして私の名前を知ってるの…?」


その質問に≪黒き森のウィッチ≫は目を閉じたまま寂しそうに口角を上げて笑った。
『貴女は小さかったから、私のことを覚えてないのも無理はないですね』
どういうこと、なんだろう。昔にも会ったことがもしかして会ったのだろうか?だとすればこんな出来事、いくら小さくても忘れるはずがないと思うのに。


『……そろそろ、現実世界の貴女が目覚めるようですね』
「ちょ…っ!まだ貴女と一緒に…!」
『…よいのですナマエ 私はずっと貴女のことを ここから見ている。もう一緒には戦えないけれど、それでも私はここで貴女を護ります』
「あ…!」


頭のズキズキが蘇ってきた。≪黒き森のウィッチ≫の言葉に集中したいのに、どんどん意識が霞んで行く。
どうにか彼女に向かって手を伸ばそうとした。≪黒き森のウィッチ≫は私の手を見てハッとした表情を浮かべて同じように手を伸ばしてくれたのに、それに触れる前に現実の私は目覚めてしまったのだ。







季節モノの服、もう卒業した学校の教科書や、使わなくなった雑貨を仕舞いこんである部屋に備え付けの大きなウォークインクローゼットの中を歩き回る。
偏頭痛で寝込んでいたのに急に起きて動き出せたのは、ただ夢中だったからだろう。
上に上に段ボールを積んで、すっかりぺしゃんこになってしまっていた一つの段ボール箱を引っ張り出す。
ガムテープの封を切って中を覗く。
やっぱり、あった。


「……そう言えば昔、お父さんに強請って買って貰ったこと、あったなぁ……」


古いタイプのデザイン。テキスト欄よりも攻守欄の方が幅の広い、茶色の縁。
静かに目を閉じて、薄く微笑んでいる姿が、幼かった私はきれいだと、とても気に入っていたんだ。
けど小学校に上がったぐらいから私はカードに触っていなかった。それよりも学校生活が忙しくて楽しくて、忘れてしまっていた。
それがどうして今になってあんな夢を見てしまったんだろう。
でも、久しぶりに手に取ったこのカードを見て思い浮かんでくる憧憬に、泣きそう。


「……久しぶり 私の、最初のともだち」


≪黒き森のウィッチ≫
貴女も、寂しがっていたんだね