人間のことは好きにはなれなかったが、地球から見上げる夜空の星々の煌きは好ましいものだとナマエは思った。しかし無数に輝くそれらの中に、今は無き故郷を思い浮かべて感傷に浸ってしまう。ディセプティコンとの戦争に明け暮れた毎日だったが、それでも あの硝煙のにおいと、舞い上がる砂埃が懐かしい。そう言った意味では、この惑星は生温すぎる。逃亡道中に考えるようなことでは、ないのだが。
ハァ
ついぞ零してしまった溜息を 隣の岩場で武器点検をしていたハウンドに耳聡く拾われた。すぐにお叱りの言葉を浴びせられる。
≪やめろぉ。幸せが逃げちまうだろうが≫
≪…そんなもの、まだ持ってたのか?羨ましいな。俺はとっくに無くしちまったよ≫
≪年中辛気臭ェツラしてるから幸せがいなくなるんだ≫
ペッ、と吐き捨てられたハウンドの口に咥えられていた実包がナマエの額に当たった。軽い音を立てて地面に転がったそれが、剣の手入れをしていたドリフトの足にぶつかって止まる。
≪此方に転がってきたが?≫
≪ハウンドがお前にやるよってさ≫
≪何言ってる。ナマエにやったんだぞ≫
≪要るかよ≫
≪私にも不要だ≫
≪ならその辺に棄てとけ≫
≪…まったく…≫
ドリフトの手によって放り投げられた実包は見事な弧を描きながら岩肌の合間に落ちて消えて行った。バンブルビーが≪"Nice shoot!"≫と言って手を叩く。
バンブルビーはいつもこんな感じのヤツだったが、地球に来てから性格の明るさに拍車がかかったように思える。ナマエはそれを羨ましく思った。
ハウンドの弁を借りるわけではないが、確かに昔よりも物事の考え方が後ろ向きになってしまっていることは否めない。
人間どもに襲われ、散り散りとなり、ハウンドらと合流してオプティマスからの連絡を待っている"後手に回っている"日々は、ナマエが欲しているものではないのだ。それはここにいる全員にも当て嵌まることではあるだろうが。
この、どうしようもない状況を 打破出来ることなどあるのだろうか
≪ まァた暗い顔に戻ってんぞナマエ≫
≪…いちいち俺の方を見てくるなってハウンド。暇なのか?≫
≪何言ってやがる。どう見たって今のオレは忙しく武器の手入れに励んでる最中じゃねぇか≫
≪ならその可愛い可愛い武器ちゃんだけ見てればいいだろ≫
≪しょうがねぇだろ。暗い顔してるテメェのことが心配で、どうしても見ちまうんだから≫
≪………、……っ、ク、ソ、じじぃ…!≫
≪おい 育ての親であるオレに向かってクソたぁなんだ、クソたぁ≫
≪ハウンドがムズがゆいこと言ってくっからだろが!≫
≪あァ?心配してるモンに対してそんな口を叩けなんて教育はしてねェぞぉ!≫
≪俺だって教えられてねぇし! ハウンドが教えたのは手っ取り早いリロードの仕方と、精密なヘッドショットの技法と、実包葉巻のマズさだけだ!≫
――なにをぉ!?
持っていた武器を投げ捨てて身構えたハウンドに、ナマエは飛び掛った。そこからいつもの取っ組み合いが始まる。ラジオ音声で野次を送るバンブルビーの姿も、同様の光景だ。
大柄なハウンドの胴体に体当たりをしたり、逆に腰を掴まれ投げ飛ばされたり、引いては追いすがるの繰り返しを行っている二人を見ながら、ドリフトは湧き上がっている疑問の渦に陥っていた。
≪おいクロスヘアーズ ハウンドがナマエの"育ての親"であるとはどういう事だ≫
≪あ?お前知らなかったのかよ≫
≪知らん。ナマエが戦争孤児であることは聞き及んでいたが、よもや…≫
≪どっかの戦場で迷子んなってたヤツを偶々ハウンドが拾ったんだとよ。オレもそれくらいしか知らねぇ≫
≪なんと…≫
知らなかった。そう言ってドリフトは目を丸くさせる。
トランスフォーマーである以上、年齢の幅などあってないようなものではあるにしろ、ナマエとハウンド、この二人が義理の親子であったとは。
解消された疑問と共に、そこで合点の行った事実を ドリフトは口にした。
≪そうか。だからハウンドが下げているドッグタグの一つには、ナマエの名が刻まれているのだな≫
≪……いや、オレはそれを知らなかった。マジかよ≫
話題の渦中にある二人の喧嘩は幼稚性を増していた。
今はナマエがハウンドのヒゲを掴み、ハウンドが≪いだだだだ!離せナマエ!ヒゲは掴むんじゃねぇ!≫とナマエの頭を押さえている。バンブルビーは観戦に飽きたのか、岩場に凭れて眠っていた。
ナマエがいくら"辛気臭く"悩もうが、この面子と共にいる以上、不安など抱くだけ損というものである。
それをハウンドが口にすることは まだない。