時折基地に足を運ぶ、アルマーニのスーツをビシッと着た小奇麗な若い男がいる
政府の監査官の一人で、よくメアリング達と小一時間話し込み、会話が終わるとアタッシュケースを担いで愛車だと言う銀色のコルベットに乗って帰る
その時、たまたまその男が自分がスキャンしたシルバーコルベットに乗ってる姿を見たから気になっただけで、それ以外に特に惹かれることではない。
何より、メアリングの影響で、監査官と言う官職が好きではなかった。いい思い出はない
「すまない。少し良いかな」
≪………あ≫
ちょうど考えていたら、正しく本人に声を掛けられた
足元で見上げてくるいつもの小奇麗な監査官――確か、
≪……ナマエ、だっけか?≫
「そうだ サイドスワイプ
メアリングさんは何処にいらっしゃるか知ってるか?」
≪メアリングなら…此処には居ない。今は中央支部の方にいるはずだ≫
「おかしいな…そんな連絡は……」
ナマエが持っていたアタッシュケースを床に開き、中から連絡用の携帯電話を手に掴み、短縮ダイヤルを押して耳に当てる。一拍分のコール音が鳴って、電話は切れた。序でにナマエも怒りを顕わにする
「……そうか、シモンズの奴が弄ったな………」
≪お、おい≫
低く呟かれた言葉、あからさまに機嫌が悪くなったナマエを心配して声を掛ける
サイドスワイプの声で正気に返ったナマエは、ハッとし、次に笑顔を作った
「ありがとうサイドスワイプ、助かった。メアリングさんは此処には居ないんだな」
≪そうなるな≫
「なら暫く此処で待たせてもらうよ」
≪え、どれくらいだ≫
「そうだな…2、3時間ぐらいだな」
いつもは直ぐに帰ってしまうこの男が基地に長居するのが珍しい
携帯電話をアタッシュケースに仕舞い、手近にあった椅子を引き寄せ、そこに座りながら何かの資料に目を通し始めた
ナマエの視線が自分から外れたから、自分も何処かに行けばいいのに、何故かサイドスワイプは動かないまま、ナマエの姿をじっと見下ろしている
そのサイドスワイプの視線に気付いたナマエが、見ていた資料から目を離す
「………何だい?」
≪あ……い、いや、別に…≫
「そうか」
不躾な視線を寄越したくせに、別に、と応えるサイドスワイプに、
失礼だ、と叱ることも出来るのにナマエはそうしなかった
ただ笑って頷き、また資料に視線を戻す。綺麗な横顔に長い睫毛が陰を作る
サイドスワイプのアイセンサーは忙しなく動いていた
あまりジロジロと見ていては、この人間に失礼だ、と思うのだが、
ブレインサーキットは素直に、ナマエと言う人間を隈なく調べているのだ
≪………≫
「………」
≪……アンタの愛車、≫
「 ん?」
≪俺と、同じだな≫
自分でも、何を言い出したのか不明だ
何故こんな言葉が発声モジュールから出て来たのか、
不可解なその言葉だったが、ナマエは不思議な顔一つせず、笑顔で
「ああ、そうだな 君とお揃いだ」
≪……!≫
「一目惚れしてね、預金を全て使い込んでしまってな。
だからと言う訳ではないんだけど、大好きな車なんだ」
愛車のことを思い浮かべているのか、ナマエは嬉々とした様子で饒舌になった
サイドスワイプは、そんなナマエの言葉一つひとつに動揺を隠せないまま、繰り返し相槌を打つ
まさか、あんな笑顔で答えられるとは 思っていなかった
ブレインサーキットにナマエの笑顔がリピートされる。いつの間にか勝手に保存されたらしい
その処理に困っていると、ナマエの胸ポケットに入っていた携帯電話がけたたましく鳴り響く
ディスプレイを確認したナマエが、目の色を変えて通話ボタンを押した
「メアリングさん!貴女今何処にいらっしゃるんですか!まさかとは思いますがシモンズのところに……… はぁ、やはりそうでしたか。いえいえ…呆れているわけでは……え?迎えに?……分かりました。何処にいらっしゃるんですか?………はい、了解」
電話の相手はメアリング。どうやらナマエに迎えを要求しているようだ
見た目とは裏腹に、あの女に振り回されているのか、と考えると少し哀れだ
携帯をポケットに戻し、資料をケースに入れ、ナマエは椅子から立ち上がった
「ありがとうサイドスワイプ 1時間もお世話にはならなかったが、退屈はしなかったよ」
≪いや…俺は何も≫
「君の事は前から興味を持っていたんだ。今日話せて良かった」
≪!≫
「僕の愛車と同じ車種だからかな、 でも、サイドスワイプ、君自身もとても面白い奴だと分かったよ。また来る」
≪ああ 出口まで、見送るぞ≫
「そうかい?悪いね」
この男がやると、ポケットからキーを取り出す動作までスタイリッシュになるのか、とサイドスワイプは驚いた
ナマエが乗り込んだ、自分と同じシルバーコルベットが何故か憎たらしい
自分の車体より煌いている気さえする
「ありがとうサイドスワイプ それじゃあ」
≪……また≫
颯爽とコルベットを駆って門から出て行く後姿を見送る
暫く惚けていた自分を憲兵が不思議そうに眺めているのがアイセンサーの片隅に移った