いつまでもそうしているのは良くない、と
肩を叩かれ励まされ慰められ、何とか涙は出なくなった。
気晴らしに出かけた街中で佇む黒い犬を見つけたのは暫くしてからだ。
人ごみで溢れかえる都会の中心で野良犬なんて珍しい。
その犬はキョロキョロと辺りを見渡していたけど、クルリと踵を返しビルとビルの間に隠れた
「あ…」
普段の私ならその犬を追いかけるなんてことはしなかっただろう
しかしその日は何故か追いかけなくてはいけない気がした
「ま、待って…!」
擦れ違ったお婆さんの奇異なものを見るような視線を無視して後を追う。
黒犬は、路地裏の光の挿さない場所で蹲り此方を見ている。
でも、犬と言うのは確か近視で3mぐらい近付かないとそれを認識出来なかった筈だ
恐がらせてしまわないように、ゆっくりと近づく。黒犬との距離は目測で8mはある。その距離をゆっくりと詰める。
黒犬は威嚇か警戒か、その両方か
低く呻り声を上げ、腰を浮かせて構えている。
今、手を伸ばせば噛み付かれるだろうか?
「ねぇ…きみ、」
黒犬の耳がピクリと揺れた。目は見開かれている。
私は彼に見覚えはないが、向こうは私に見覚えでもあるのだろうか?
「大丈夫、恐くないよ?ほら」
差し出した手を噛み付かれるかもしれない、とした杞憂は杞憂に終わった。
黒犬は駆け足で私に近寄って、顔を鋭い瞳で見つめてきた
「…?」
黒犬は何かを訴えたがっているような気がしたが、生憎私は犬の気持ちなんて分からない。
この犬を追いかけた後のことは何も考えていなかった。
とりあえず、そのフサフサの頭を撫でてみる。黒犬は驚いたみたいだ
「…よしよし」
微笑んで、しゃがみ込んで黒犬と目線を合わしてみる。
よく見れば右目に一筋の傷跡が付いていた。
「…君、右目に傷が…あ、」
アイアンハイドと一緒だね
分かる筈もないのに、その黒犬が動揺し目を大きく見開いたのは、偶然だったのかな