私が"彼女"と呼ぶ人間の雌は、私にとっては一番身近の観察対象でもあった
他の人間より表情が、人間的に例えるのであればクルクルとよく変わる
それは喜色であったり、悲哀であったり、憤慨であったり
兎に角として彼女は、感情をよく表に出す。そう、これである
≪やぁ ナマエ 今日はいつにも増して一段と嬉しそうな顔をしているではないか≫
「…どうしてラチェットさんは、いつもそう鋭いんですかね…」
研究用ファイルを後生大事そうに抱えてる彼女の表情は、
昨日よりも幾分口角が上がっており、眦も優しく細められ、頬も仄かに赤く色づいていた
彼女のこの機嫌の変化を、他の者は悟れないと言うのかね?こんなにも嬉しそうであると言うのに
≪君は他の者たちと比べて分かりやすいんだ。何度言えば理解するんだ?≫
「…ラチェットさんだけだと思いますよ。他の皆は余り言ってくれませんし」
≪そうか。私だけ、か≫
「何です?もしかして、自分だけってのが嬉しいとかですか?」
≪いや、他の者達の鈍感っぷりを嘆いているんだ≫
「ですよねぇ」
ラチェットさんはそう言う方ですもんね、分かってますよ。と彼女が笑う
彼女は意外にも鋭く、いとも簡単に私が『彼女の唯一』になれて喜んでいたことを指摘した
人間は見た目だけでは判別出来ない箇所がまだまだ沢山ある
やはり彼女はいい観察対象だ
≪ で、何があったと言うんだ?≫
「それ、聞いちゃいます?」
≪人間の事をもっと知りたいのでな≫
そしてもう1つ覚えたことがある。この言葉はとても便利である
これを言えば、誰かの協力を好む彼女はいつも私に力添えをしてくれる
今だってそうだ。しょうがないなぁ、と言うようにまた笑みが濃くなった。
彼女のこの顔は、私はとても好ましい。笑顔と言うものは、人間の方がより濃く前面に出る。彼女であるならば尚更だ
「誰よりも先にラチェットさんにこれ言うのも、何か不思議な感じ…」
≪? 何のことだ?≫
「ラチェットさんも、一緒になって喜んでくれます?」
彼女にそのような事を問われたのは初めてだったが、勿論だと即答する
彼女が嬉しくなるほど良い事が起きたと言うのであれば、私も喜ぼう
言おうか言いまいか、まだ少し恥らっている彼女の姿は可愛らしく見ていたが、
意を決したのか口元を隠していたファイルを下ろし、
彼女は喜色満面に言うのだ
「実は私、今度結婚するんです」
… あ あ、
そうか
≪…この場合、私は何と答えれば良いのだろうか、≫
「えっ 普通は『おめでとう』…?とかですかね?」
≪そ…うか、……その、ナマエ≫
何故か乱れるブレインサーキットの回路を一時的に自動モードに切り替える
切り替えたことによって、先ほどから嫌に動きの悪くなった声帯モジュールを動かして、彼女が望んだ言葉を伝える
≪…… "おめでとう" ナマエ≫
「ありがとうございますラチェットさん!」
そうかナマエが結婚、それはとても興味深い(ナマエ、)
今まではナマエ一個体のみを観察対象としていたが(いやだ)
これからはナマエの番共々人間の生態について調べよう(かなしい)
ナマエの観察は(いやだ)私にとって知的好奇心を養うのに凄く力を貸してくれた(いやだ)
そのお礼と言っては語弊があるが(いやだ)、私も君に何か協力させてくれ(いやだ)
幸せにな、ナマエ (嫌だ)
あぁさっきからノイズがひどいな、リペアしなくては