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インフィニティ・エデン




「へぇ、いいね」―――表面的に見た限りでは、人がこの言葉をどういう気持ちで言ったことなのかは判断しにくいだろう。心からの感嘆なのか、片手間の返事なのか、それとも悪意あっての物か。
何事にも、言葉の後には描写がくるものだ。しかし、時に描写は無力でもあると思う。
燦々と輝く太陽、青々とした草花、と言っても、その本当の様子を上手く伝えることは出来ないだろう。言葉にも限界はある。長々と語ってしまったけれど、私が何を伝えたいかと言うと、今、私の後ろに立つこの巨大で真っ黒で残忍そうで怖そうで………



ああもう、どんな言葉でなら伝えられるって言うのよこの目の前のロボットのこと!!







≪おいナマエ≫

「……………」

≪なぁオイって≫

「………」

≪ナマエ、≫

「― 静かにしなさい、お祈りの最中よ」




厳粛な場での私語はタブーだ。マザーにしっ、と咎められてしまい、後ろに立っていた件のロボットを一睨みしてまた前を向く
胸元に垂れ下がる十字架を再度握りなおし、目を瞑ればマザーと神父のお言葉が耳に流れ込んでくる
後ろで舌打ちする音と、大人しく身体を収めたような音も聞こえ、よしよしと満足


彼――バリケードがこうして朝のお祈りの時間を邪魔するのは珍しい事ではあったけれど、この時間が私にとって如何に大切で大好きな時間かどうかは、付き合いもそう長くはない彼でも分かることだろう









終了の時間が来た。整列していたシスター達は立ち上がり、これからの各々の作業に戻って行く。通り過ぎていくシスター達の波を見送っていると、友人がそっと耳打ちしてきた――貴方の友人、早くどうにかしなさいね
分かってますよ


会堂の外で佇んでいた、教会に不釣合いなマスタングのパトカーに近寄る
チカチカと不機嫌そうにライトを点灯させるものだから、少し呆れながら名前を呼ぶ



「バリケード」

≪…漸く終わったか。毎日やってよく飽きないもんだ≫

「飽きる飽きないの問題じゃないの。大切な事なんだから」

≪あの神父とか言う奴が述べる口上もう覚えちまったぜ≫

「あら、凄いじゃない。私は未だに七節目からが曖昧よ」

≪人間は不便だな。あれっぽっちの文も覚えられないのか≫

「…他に覚える事が一杯あるの」



バリケードの皮肉めいた口調はもう慣れたことだ。でもそれと、苛つかないようになったのとはまた別の話だけれど



「…で、さっきは何の用だったの?」

≪ああ、オカゲサマで怪我も完全に修復したからホームに帰還しようと思ってな≫

「……――」



なにを、言われるかと思いきや


酷く損傷したこのマスタングを見つけたのは私だ
あれから一月とまだ経っていないけれど、日に日に目に見えていた傷が無くなっていくのを見て、そろそろ完治するかしら、と思ってはいた



「…あら、そうなの。良かったね」

≪まぁな。…最初に出くわした人間が面倒くさい奴じゃなくて、お前で良かったとは、まあ、思わないこともない≫

「まぁ、此処に来て初めて聞かされたわね。貴方のお礼」

≪調子に乗るなよ。シスターなんて言うのも充分に面倒だったぜ。特に教会とか言う場所は俺の性に合わなかった≫

「やっぱり、貴方が悪魔みたいな様相をしてるからかしら…」

≪オイ殺すぞ≫



神聖な場所で血腥い事は止めて頂戴、と切り返せば、フン、と鼻で笑われた



「…それで?」

≪あ?≫

「もう…行くの?」

≪ああ≫

「そう…」



そう言うとバリケードは、私の身体を回り込みながら車体の方向を変える。
初めて出会った時よりも、その綺麗な外装が一目瞭然だな、なんてぼんやり考える
胸元の十字架が小さく風に踊った





「…では、さようならバリケード。貴方の旅路に幸多からんことを」


≪―じゃあな、シスターナマエ


―― "Hallelujah"≫


「!」




荒々しくエンジン音を立てながら、悪魔のようなパトカーは去って行った。
その音が遠くに聞こえ、姿が見えなくなった頃にナマエは我に返る



「……何が、ハレルヤよ、変な人」




喪失感と言う物は嫌いだ。


明日からはまた、静かな祈りの時間を過ごせることでしょう