とある大学の昼休み。キャンパス内の広いラウンジでは、ナマエとその友人がテーブルに頬杖を付いて悩ましげに眉を顰めた。
「……この二週間くらい、イタズラ電話に悩まされてて…」
「うっそ…ホントに?」
「うん… なんか息荒くてね、耳元でハァハァ言ってるだけの電話なんだけど…毎日毎晩……もううんざり!」
「最悪…ナマエ、彼氏いたよね?その彼氏にガツン!と言ってもらえないの?」
「う、うーん…どうだろう……い、一応言ってみる…」
「言った方がいいって!女の言うことなんて聴きそうにないし、あんたが言ったら逆効果かもだし、やっぱり男に言ってもらうのが一番よ!」
「わ、分かった…」
真剣に話を聞き、力になろうとしてくれる友人の熱意は有難いのだが、
『彼氏に頼れ!』この案は、これだけはどうしようかと悩んでしまう。
彼氏が彼氏なのだ。出会いはまあ別の機会に回すとしてこの彼氏、普通ではないのだ。色々な意味で
勿論、性格に別段難があるわけではない
クールで頭がよく、機械に詳しい…よく言えば、だが
それにこの彼氏、今は遠いところに出張中だ。
何処にいるのか、
それは聴かされていないが、『宇宙空間を漂流中』と言う話は以前、彼から連絡があった。全然ピンと来なかった
でも、彼氏とはここ二ヵ月半会っていない。連絡はたまにしてくれるから声は聞こえるが、顔は見えていなかった。少し淋しい
大学も終わり、今日はバイトもない夕方。こんな日の夜は決まって電話はかかってくる。
家に帰るのが恐ろしいが、帰らなければいけない。重い溜息を吐いた
室内に入って電気をつける。いつもの光景が広がっているだけ
もしも、あのイタズラ電話の犯人が家に乗り込んでいたらどうしようか、と考えてしまうのはしょうがない。
部屋の中に人の気配はしない。
気配を感じ取ることの出来る軍人さんとかではないから、素人判断だが
「……フゥ、」
バッグをソファに投げ捨て、髪を縛っていたゴムを乱暴に取り外す。
後ろ髪がパサッと音を立てて背中に流れ落ちた瞬間、室内にけたたましい電話のベルの音が鳴り響いた。
「……―!!」
一気に緊張が駆け巡る。
もう?いつもはこんな時間帯にはかかってこなかったのに
「………」
恐る恐る受話器に手を伸ばす。もしイタズラ電話だったとしたら、今日こそはガツンと言ってやりたくて
「はい、もしもし!!」
口調を強めた言い方に、相手方は呆気に取られていた
≪………機嫌でも悪いのか≫
「…―!サ、サウンドウェーブ!?」
イタズラ犯等ではない。ココ最近は連絡が途絶えていた彼氏様であった
「ち、違うよ 機嫌が悪いとかじゃないんだけど…あ、久しぶりサウンドウェーブ」
≪地球時間にして二週間と二日ぶりだなナマエ 何か変わったことは在ったか?≫
「・・・・・・」
ありすぎる
「……それが…」
≪あるのか≫
「うん ……その、イタズラ電話が…」
≪なんだと?≫
たったそれだけで全てを把握したのか、サウンドウェーブは発声回路から搾り出すようにして低い声を出した。その気迫に思わず冷や汗が出た
「そう…二週間ぐらい前からかな…毎晩、同じような時間帯にかかってくるの」
≪どんな内容の物だ≫
「えっ…そ、それは…『今何してるの?』から始まり、その…卑猥な言葉まで…」
≪・・・・・、≫
―― ドーン !!
「え?な、何?おっきな音がしたけど…」
≪…少し感情が昂ぶりすぎて力加減を間違えて衛星を一つ破壊してしまった≫
「えー!?」
≪ともかくだ…今夜もソイツから電話は掛かってくるのか≫
「うん、多分…」
≪分かった≫
「サウンドウェーブ?」
≪ナマエ 今晩もその電話が掛かってきたら、出ろ。良いな≫
「え?ちょ、っと、サウンドウェーブ?」
サウンドウェーブからの電話配線を通した連絡が切れてしまった。
そしてサウンドウェーブの声が聞こえなくなった途端に不安に襲われる。
待って欲しかった、後少しだけ話をしていたかった。そうしたらあのイタズラ電話もかかってこなかったかもしれないのに
― RRRRRRRR....
「…!?」
本日二度目となる電話のベルの音。今度もまたサウンドウェーブ、なんて筈がない。
間違いなく、イタズラ電話だ
電話線を引っこ抜けば良いのかもしれない。だが、サウンドウェーブが≪出ろ≫と言った。だから、今日だけ、今日だけは
そう考えながら受話器に手を伸ばし、さっきより強めの口調で言い放つ
「…… はい!」
『あ、こんばんは〜 ナマエちゃんですかぁ?』
「…っ!」
いつものあの粘着質な気味の悪い声が耳朶にへばり付く。不愉快でたまらない
「…もう、いい加減にしてください。迷惑です」
『どうして〜?僕はナマエちゃんが好きなだけだよ』
ニヤニヤ笑っているのか、口の動く音まで電話が拾っているような気がする。
「こんなの、好きってだけで許されることじゃありませんよ!」
『分かった。ナマエちゃんは、もう僕との電話だけじゃ物足りないって言うんだね?』
「…は?」
何を言い出したんだこの男は
『これからは君に会いに行くよナマエちゃん』
「やっ…!止めて下さい!こ、来ないで…!」
『…うっわぁあ〜!もうなにその声。やばい、超ソソるんですけど。何、怯えてんの?かっわいーねーホントにナマエちゃんはー』
「…変態…!」
『もっと罵ってくれない?ナマエちゃ…』
≪それならば代わりに俺がお前を心の底から罵り上げてやろう。
消えろ虫けら。貴様の声は耳障りで不愉快極まりない。ナマエの耳に触れる事さえ腹立たしい。お前の声帯を根底から引き千切って雛達の一部にしてやろうか≫
『は!?なに?何だ!?』
「サ、サウンドウェーブ!?」
サウンドウェーブの音声が、私とイタズラ犯の声と被さって聞こえてくる。
どうなっているんだ?私の電話と、イタズラ犯の電話の、何処からサウンドウェーブの声がするんだ?
≪貴様の通信配線系統を全てをジャックさせてもらった。そして通信衛星拠り貴様の所在地を割り出し、全ディセプティコン軍を送り込み貴様を死より恐ろしい目に遭わせてやろう≫
『…は?』
「ちょ、ちょっとサウンドウェーブストップ!」
≪不可能だ。諸悪の根源を前にして、感情の憤激を抑えることが出来ない≫
「…は?」
今度は私が付いていけなくなった
『一体なん……!?わああぁああぁああぁああ!!』
「!?」
電話の男が在らん限りの声で悲鳴を上げた。思わず受話器から耳を離す
「な、なに…?」
『ば、ばけ…!うっ、うわああぁぁぁ……!!』
「!?」
電話の向こうで何が起こってるのか分からないが、何かがミシリ…と捩れた音が聞こえた。ヒュッ、と息が止まりかける。そして電話からは慣れ親しんだ声が
≪ナマエ≫
「サウンドウェーブ…?なにが…」
≪…何も如何もしていない。不安がる必要はない≫
「お、男の声がしなくなったの…電話の向こうで、何かあったみたいで…」
≪ナマエと俺の預かり知らぬ事だ。今日はこのまま受話器を置け。明日会いに行く≫
「えっ… ホント?」
≪嗚呼≫
「ほんとにホント?」
≪勿論だ。片付けて於かなければならない事は今日中に終わらせておく≫
「片付け…?」
≪此方の話だ。もう休め≫
「うん…分かった」
≪…御休み、ナマエ≫
「おやすみ、サウンドウェーブ…」
長いながい通話だった。プープー、と間抜けな音を立てている受話器を元に戻す
男がどうなったのかは分からない。考えても分からない。だから今日はサウンドウェーブの言うように、大人しく寝ることにする
サウンドウェーブは朝一で会いに来てくれた。と言っても家の前にまでだったが
サウンドウェーブは私の身体を心配してくれた。
大丈夫、と笑い返せば緩やかに頭を撫でてくれた。
≪…こうして、ずっと触れたいと思っていた≫
「ほんとに?」
≪宇宙は、ナマエが居ないから物足りないんだ≫
そしてニヤリと笑うサウンドウェーブの顔は、いつもより何故か清清しげに見えた
それから、あのイタズラ犯から電話は二度と掛かってくることはなかった