仕事帰りのナマエを車に乗せ、彼女の自宅に向かって走る。傍から見ればパトカーに乗っている女、として見られるがもうナマエはそのことを特に気にしてはいなかった。
手元に持っているワンセグから流れるニュースを食い入るように見つめている。
『この一連の放火事件の犯人は依然逃走しており―…目撃者によれば、犯人と思しき男は黒の野球帽に中背の背丈―…』
「………ほうか、ま、」
《ナマエ?どうした》
ナマエのワンセグを持つ手が震えている。ニュースは数日前からここら一体で流行っている放火魔事件のことを取り上げていた。俺は人間の事件などに興味はさらさら無かったのだが、ナマエは何故かこのニュースが流れるたびに何かに怯えているような顔をするから、嫌が応にも気になってしまっていた。
「…バリケード、私ね」
《あ?》
「……火、とか、炎が怖いの」
《………そうなのか?》
ナマエはいつも火を使って料理もするし、塵を焼く時にだってライターに火をつけている。長いこと一緒にいて、火が怖いということは初耳だった
「……」
《…ナマエ?どうした》
「…」
《何故何も答えない》
「なんでもない、ごめんねバリケード」
《なんでもないってお前……ったく、オラ!着いたぞ降りろ!》
ナマエの家の前に着く。ナマエを車から降ろし、ビークルモードからロボットモードへ変形する。夜だし人通りはない。少しの時間なら大丈夫だろう
ナマエを掌の上に乗せ、窓が開いている二階のバルコニーにそっと降ろす。
ありがとバリケード、と笑うナマエの顔は先程までの辛そうな顔とは正反対だった
《…好い加減、二階の窓を開けるのはやめろ》
「えぇー…だって私、二階が居住スペースだからバリケードに運んで貰えるの楽チンで好きなんだもん」
《二階だぜ?入ってこようと考えたら入れないことはない高さだ。泥棒でも入ったらどうするんだ》
「その時はバリケードによろしく頼むよ」
《…まあその時があればな》
手摺から身を乗り出し俺の鼻先に唇を軽く押し付けるナマエになんだか話を流されたような気がしてならないが、まぁいいだろう。断じて流されてなどいない
《…それじゃあな》
「えっ!バリケード、どこか行くの?」
《呼ばれている。帰りは明日の朝だ》
「そっかぁ…気をつけて行ってらっしゃい」
《ああ》
ビークルモードに変形し、まだ此方に向かって手を振り続けるナマエに一回クラクションを鳴らして其処を後にした
― 俺は知っている
あいつの親が放火魔が起こした火事の事件で亡くなっていることを
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スタースクリームの野郎に呼び出された内容は早く終わる予定だったのに少し妨害が入り、朝には帰るとナマエに言っておいたのだが今はもうすぐ昼になりそうな時間になってしまった
こうなると妨害より先に俺を呼び出したスタースクリームの野郎に怒りが湧くが此処で面倒事を起こして更にナマエの許へ帰れるのが遅くなるのはゴメンだと思い早々に基地を後にする。
あの後、ナマエはちゃんと窓を閉めて寝たのだろうか、いや恐らく閉めてはいないだろう。しょうがねぇヤツだ、と呆れにも似た愛しい感情から笑みを浮かべる。
ナマエの現在位置を確認してみれば自宅にいた。早く帰ってやらなければな、と街中で出してもいいギリギリのハイスピードで身体を飛ばす。
― 助けて、
身体が急停止する。ナマエの声が頭に響いた
アイツに渡している俺との連絡手段である携帯電話から声が聞こえる
ひどく、切羽詰ったような、そんなアイツの声
― 助けて、 バリケード…!
やはり幻聴じゃない。スピーカーから聞こえてくるアイツの声にある筈もないが、胸騒ぎがする。
《ナマエ!?どうしたんだ!》
― バリケード…、あつ、い、熱いよぉ…
《ナマエ!!!》
― たす、けて、ば、り…ど、ぉ
もう制限速度なんて守ってやれない
今出せる最高の速度でアイツの家へ急いだ
ナマエの家の周りに人垣が出来ている
道路を塞ぐそいつ等にイラついて無理矢理通り抜ける
ナマエの家の前に止まれば、
見慣れたと思っていたはずだった
しかし、
今、俺の眼前に広がる赤はみたくない色をしていた
《ナマエ!!!!》
轟々とナマエの家が炎に包まれていく
それは物凄いスピードで家屋を焼き、黒い煙が空を覆っていた
「おいなんだ!消防車や救急車よりも警察が先に到着したぞ!」
「どうなってるんだ!水はまだか!!」
住民達が騒ぎ立てる。しかし今はそんなことはどうでもいい、ナマエを救出せねば、
― たすけて、ばりけーど、あつ、い
ナマエの声が脳内で再生される。ナマエの声を聞いた瞬間、身体の中から熱が昇ってくる。思いっきり急発進させ、人ごみを掻き分ける。
呆然としている住民達を背に、ビークルモードからロボットモードへトランスフォームした
日ごろから「あまり人間に姿を見せるな」と言われているが、知ったことか!
後ろの悲鳴や叫びなど聞こえないフリ、
ナマエの家を急いでスキャンする。いた、ナマエ!二階のいつもの自分の部屋の内部でうつ伏せになって倒れている姿が映し出された途端、身体が一気に焦燥を覚える
《ナマエ!!くそ、こんなもの…!!》
焼けて半ば倒壊している家屋の中に突っ込んでいく。いつもナマエを降ろしていたバルコニーはもう崩れ落ちていた
腕からキャノンを一発ぶっ放し、大きく開いた壁に身を捻り込ませる。
火はその間も俺を狙ってくる、身体が壊れるほど熱い、しかし倒れているナマエの身体にはあらゆるところに煤と焼け跡がついている。ゾワ、と感じたことのない恐怖
《ナマエ!起きろ!ナマエ!!》
呼びかけても返事はない。手に握り締められていたのは俺に連絡したときに使用した携帯電話。携帯を持つ手には火傷のあとが見える
《くそっ…!ナマエ!》
無理矢理壁をこじ開け、中に入って
炎に囲まれているナマエに向かって手を伸ばしてその身体を包み込む。
引き寄せた身体は今にも死んでしまうのではないかと思うぐらいに熱い
幸いなことに呼吸をしている。生きている!
すぐにその場から踵を返す。家の外には漸く到着した消防の人間達がホースを持って炎に向かって放水を開始していた。
皆一様に俺の姿を見て怯えていたが、俺の腕に包まれているナマエを見た途端に喜びを露にする。中には涙を流しているものまでいた
駆けつけた救急隊員が俺に近付いてくる。《……ナマエを、頼む》ナマエの身体を運ばれてきた担架にそっと乗せる。ナマエが少しだけ身動ぎをした。隊員達は「…任せてください!」と言って車に乗り込んでいく。勿論、あんな状態のナマエを放っておけるわけがないからすぐにビークルモードになって救急車の後を追う
人ごみを掻き分けて走らせると、擦れ違い様、ナマエとよく楽しそうに話をしている姿を見かける隣に住む老婆が俺の身体に触って「ありがとう、」と言った
ふん、おかしなヤツだ。ナマエを俺が助け出すことは当たり前のことじゃないか!
病院に着くと、車内から運び出されるナマエの顔をじっと見つめる。可愛らしい顔は、煤に塗れていた。ずっと此処まで着いてきた俺を見ても何も言わず、隊員達は無言で屋内に入っていった
人間にここまで懇願するのは初めてだが…頼む、ナマエを、頼む
病院に入れるはずもないが、じっとしているのも無理だったので
病院がナマエの治療をしている間に、一度ナマエの家に戻った
火はまだ消えておらず、勢いは少しばかり衰えてはいたものの、依然として燃え続けていた。
恐らく、消火活動が思うように行かないのはナマエの家が表通りを抜けて車の通りにくい路地のようなところにあるからだ
人間達は恐々とした様子でそれを遠巻きに見つめている
心配そうに、不安そうに、たくさんの目がナマエの家を見つめている
しかし、その集団から少し離れたところに一人、おかしな目つきをしている男がいる
黒の帽子を深く被り、口元には微笑をたたえ、家が燃えている様が楽しくてしょうがないと行ったように笑いながら家を見ている
おかしい、そんな風に火事で焼ける家を見ている男だと?
ナマエがTVで見ていたニュースが脳内で再生される
『一連の事件の放火魔は―… 、 ―…犯人と思しき 男 は、 黒色の 野球帽 を被っていて――…』
《・・・・!!!!》
ア イ ツ だ
アイツが、ナマエの家に、火を、!
トランスフォームしている時間さえ惜しい、
走行しながら変形して行く、徐々に男に近付けば男は金属がぶつかるような不審な音に疑問を持ったように振り向いた。そして目をこれでもかとばかりに見開く
「…!?う、うわぁあああぁあああぁあ!!!ば、化け物!!!!」
その男の大きな叫び声に家を見ていた住人達が一斉に男の方を見る。その中で一人の女が叫んだ
「あっ!あ、あ、わ、わ私、見たわ!あ、アイツ、この前、火事で焼けた家の近くを、ウロウロしてた男!!」
なに!?と人間達が男を掴みかかるようにして向かってくる
逃げようとしていた男は思わぬ障害に、後ろを振り向くが、こっちには俺がいる残念だな
素早く男に近寄り、その身体を手で掴み取る。普段ナマエを包んでいるような、そんな優しい力ではない。骨を軋ませ、身体を歪ませる、そんな力で男を握る
「ぐあぁああぁあ…」と耳障りな汚い声を発する男にイラついて更に手の力を強める。しかし殺さない、そんな簡単に、楽に、殺してやるものか
足元に集まってきた人間共が叫ぶ。その中でも、どこか知的な雰囲気を纏わせた男が俺に話しかけてきた
「お、おい!」
《…俺か?》
「そ、そうだ。き、君は、さっきナマエちゃんを助けて、くれたよな?」
《…ああ。そうだ》
「本当にありがとう、ありがとう…此処にいる一同に代わって君にお礼を言う。ナマエちゃんを助けてくれて、本当にありがとう」
《…ふん!当然だ!》
「………その男…やはりそうだ、ここら一体を賑わす放火魔じゃないか!」
やはりそうか
俺の手の中で今にも気を失いそうなこの男を、
もう一度強く握りしめる。また上げられた耳障りな叫び声、
「ま、待て!その男を殺しちゃいかん!」
《!何故だ!!こんな虫ケラ風情がナマエの家を焼き尽くし、アイツに危害を加えたんだ!こいつには死と同じくらい恐ろしい目に合わせ、ゆっくりと血祭りにあげる!人間、お前も邪魔をするな!》
「き、君の怒りも分かる!俺達も全く同じ思いだからな。しかし、それでは駄目だ!そいつは警察に引き渡さなければいけないんだ!」
《断る!人間など生温い!この男を極限まで苦しめる罰など、人間が行うものか!》
「しかしその男を君が殺してしまったら、君という存在が公にならないか!?」
《――――》
「聞いたことがある…アメリカの政府が、隠蔽してきていた地球外生命体がいるという話を…君はそいつの仲間だろう?」
《ああ…》
「それならば、君は姿を現すべきではない。君が現れてしまえば、マスコミたちは君と、ナマエちゃんを狙う。それは君にとっても喜ばしいことではないだろう?」
《人間…貴様、》
「だからその男は、僕が責任を持ってぶちのめす。だから…」
《…ふん!》
手に持っていた男を思い切り群集に投げつける。ロボットモードからビークルモードへ変形し、病院の方へ向く。
《勝手にしろ。だが…もう既に危ないところまで来ていると思うがな》
「大丈夫さ。こいつにはまた後でたくさん聞きたいことがあるからね」
《……》
「僕は警察官だから」
《!》
「ありがとう、見慣れぬパトカーの君。君とナマエちゃんの姿は、ここら辺に住む住民達には結構知れ渡っていたよ」
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《ナマエ…》
ナマエの手術は終わったのだろうか。
病院に来たはいいが、この姿では訝しまれる
もう辺りも暗くなったし、人の気配もない
病院の隣に横付け、ロボットモードへと変形する。
たくさんの病室があったが、それをスキャンしていくうちに、一つの部屋の窓の前で身体が止まる。ナマエが身体や顔を包帯に巻かれて、寝台に寝かされていた
《ナマエっ…!》
近寄り、呼びかける。反応なかった
胸が上下しているから、本当に寝ているだけなのか
ならば起こしてしまうのは得策ではない、
しかし駄目だ。今すぐアイツの笑顔が見たい。私はもう大丈夫だよ、と笑って俺を安心させてほしい
《ナマエ…起きてくれ…》
コツコツ、と指で小さく窓を叩く。駄目か、と諦めかけたがナマエが微かに身じろぎをする。
そして、
「…バリ、ケード」
《ナマエ…!》
ナマエが笑っている。ナマエも、俺の姿を見つけ、ベッドに腰掛けたまま窓を開ける。
ナマエは嬉しそうに、顔を近づけた俺の頬を撫でる。
その時に目に付いたナマエの
手にも、腕にも、足にも、頭にも、いたるところに巻かれた白い包帯に顔が歪む
やはりあの男、俺の手で…いや、もう今は気にしないでおこう
《具合はどうだ…?》
「うん、ちょっと…痛いけど大丈夫。ねっ、バリケード」
《なんだ?ナマエ》
「教えて、バリケードが、私を助けてくれたんだよね?」
《…まあ、そう、だな》
「何よその返答!聞いたよ、隊員さんたちから!"火の中から君を抱いて出てきたとても大きなロボット"って、バリケードしかいないもんね!」
《……ああ》
「…………ありがとう」
《なに…?》
「ありがとう、バリケード、ありがと、ほんとに…っ、ありがとっ…」
《ナマエ…泣くな》
「なっ、泣いてないよ」
《フン、何分かりきった嘘を吐いてる。お前は今俺の目の前で確実に涙を零して泣いているじゃないか》
「も、もうっ!からかわないで!」
《…まだ火傷が痛むだろう。横になっていろ》
「えっ…ば、バリケードっ」
《安心しろ。俺はずっとお前の傍にいる》
「………うん、うん、ありがとう、バリケード……大好き」
《ああ…俺も、好きだ》
早く傷を治してくれ、ナマエ
そんな身体では、易々お前を抱きしめられないからな