「まさか、初めて出来たファンがロボットだとは思わなかった」
≪そうか、私が君のファン第一号なのか。これは嬉しいな≫
ストリートミュージシャンの活動をしながら、金にもならない歌を作り続け、日がな一日を過ごしていた私の前に、一台のポルシェが止まった。どこの金持ちが立ち退きを要求してくるのかと身構えたが、誰も降りてこない。それどころか、どこからともなく≪素晴らしいな君の歌は。もっと聴かせてくれ≫と催促の声。もう気にしていられるか、と諦めた私は止めていた歌を歌いなおす。
ポルシェは発進せず、じっとその場に留まって、歌に聞き入ってくれているようだった。
今まで誰一人として足を止めてくれることのなかった私の歌に、止まってくれたのはこのポルシェが初めてだった。私は平静を保ちながらも、内心は凄く喜んでいたのだ
「……終わり、です」
≪素晴らしい。君の声は心地いいな≫
「ありがとうございます。……あの、降りて顔を見せてくれませんか?初めてのお客さんなんです」
≪ああ、これは失礼?≫
「なっ……!」
ポルシェは立ち上がり、優しそうな顔をしたロボットに変身した。いや、ロボットが車に変身していたのかもしれない。噂には聞いていたトランスフォーマーだ
「…びっくり、ロボットも歌を嗜むの?」
≪まあ、私と一部の者たちだけだがね≫
「へぇ…」
≪それより、もっと聴かせてくれないか?君の声をもっと聴きたいんだ≫
「よ、喜んで」
そんなことは言われたことがなくて恥ずかしくなる。
次の曲のためにギターのチューニングを直していると、目の前のロボットはああ、と思い出したように声を出した
≪私はマイスターだ。お嬢さん、君のお名前は?≫
「あ…ナマエです」
≪ナマエ、良い名だね≫
「ありがとう… あの、それじゃあ座って聴いてくれませんか?立っていられると、落ち着かなくて…」
≪ああ、すまない。お金は持ってないんだが、構わないかな?≫
「はい、ぜんぜん」
マイスターと言うロボットは地面に腰を落ち着けて、バイザー越しに私をじっと見てくる。もしかしたら、目を閉じて聴く体勢に入っているのかもしれない
目の前の初めてのファンに顔が綻び、歌い始める。いつもより、数倍この歌が好きになった