数年ぶりに再会した恋人が、"人間"ではなくなっていた。 瞬間的に俺は把握した。恋人であるモネは、能力者になったのだと。何らかの悪魔の実を上の……ボスからの意向により食し、その「動物系」の力を体内へ取り込んだ姿が、今の彼女の姿なのだと。この仮説は間違ってはいないだろう。確信があった。俺が他所の国へと長期の諜報任務に向かう前に、そろそろ何処かの海賊団もしくは国を秘密裏に襲いそこが所有している悪魔の実を強奪する作戦が計画されているのを耳にしたことがある。見事ボスは計画を成功させ、その内の一つがモネへ渡されたのだ。喜ばしいことだ。つまりそれは、彼女の優秀さが幹部の方々に見初められたと言うこと。ドンキホーテファミリーの一員にとって、"強くなる"と言うことは最重要事項だ。どのような部分でも良いから何かに秀でていれば優遇される。美しく、それでいて強かなモネもそれを理解していた。女の身でありながら男の俺をも圧倒する基礎戦闘能力は高くて、幾ら「恋人だろ」を言い訳にしても容赦のない蹴りが訓練中、自由時間での戯れ時に飛んできていたのも思い出す。 以上の理由から、モネはさぞかしそれを喜んでいるのだろうと考えていたのだ。 上への報告が終わって、ようやくモネに会えたと喜んだ俺に、モネが「来ないで」と拒絶の言葉を投げかけるまでは。 「来ないで、とは随分な言いようだぞモネ まさか俺のいない間に心変わりでも起こしてたのか?」 「いいえ違うわ。今でも貴方のことは愛してる。だから近付かないで」 「どうしてだよ…。 ああ、もしかしてその見た目を俺が恐がっているとかなんて思ってないだろうな?」 「っ!」 「やっぱそうか。恐がるなんてありっこない、綺麗じゃないか。翼とか、足も。目も少し猛禽類っぽくなったか? なんてな」 モネの姿は――ハーピィと呼ばれる空想上の生物の姿にそっくりだった。 白くて細かったモネの手は、淡雪のような色の翼になっている。見るからに柔らかそうな風切羽は彼女の体全体を覆い隠してしまいそうなぐらい大きい。俺さえもすっぽり収まってしまうだろう。 そしてまた脚も、人外のそれだ。鳥の脚部のように逆関節上の細い足に変わっている。 人間だったモネだと分かる部分は胴体と頭部ぐらいだろうか。それでも、俺には美しく見えた。人間でなくなったモネの姿はとても妖艶に映る。 「温かそうな翼だな〜 優しく包んでくれよハニー」 「…温かくなんかないわ。 ダメよ。今の私には、貴方を抱きしめるなんて出来ない」 「……」 …やはり様子がおかしい。俺が彼女の姿を受け入れられると言う姿勢は伝わっている筈だが、それとはまた違う部分が彼女を苛んでいるようだ。 一旦、近付くのを止めた。少しばかり距離の空いたところに立って、優しく声をかける。大丈夫だよ。お前が何を恐がっているのかは分からないけど、俺にはなんでも話してくれ。 「……私がボスから頂いた実は、"ユキユキの実"よ」 「…ユキユキの実…」 「賢い貴方なら知ってるわよね。雪を発生させて、自在に操ることが出来る。 ……ふふ、ねぇナマエ 私に触れてみる?」 唐突なモネからの申し出 しかしモネの眼が笑っていない。 差し出された翼の手は、やはりとても大きい。 「むり、無理なの。触ることなんて出来ないわ」 「どうして?」 「私の身体は雪と同化した。もう、この身体に"体温"なんてものは無いの。触れたら、その触れた相手の体温を奪う」 「…他の誰かを抱きしめたわけ」 「いいえ、まだしていないわ。いずれは任務でそうしなくちゃならない場面があるでしょうけど、でも絶対…」 「なら試してみないとな」 「え…っ、 …!!いやっ、いやよナマエ! お願い、離してナマエ!」 他の誰かを胸に抱いたのかと邪推して嫉妬をしたが、良かった安心した。 となればやはり、恋人の俺が第一経験者になるべきだろう。そう思うと行動するのは早かった。さっきからずっと、恋人に触れたくて仕方なかった俺のせい。 彼女の心配諸々を理解した上で、モネを胸元へと引き寄せた。 なるほど、 「…確かに、冷たいなぁモネ〜」 「…!や…っ! ………ね、もう分かったでしょう?ほら、放してナマエ ねえ、」 ――良い子だから モネが俺をあやす時の口癖がこのタイミングで聞けるとは思わなかったな。 確かにモネの身体は、それこそ雪で作られたみたいに"寒さ"しか感じられない。人肌はなく、お腹も、胸も、腕も、全てが凍えるように冷たい。 いい加減放さない俺にモネも憤ったようで懇願の声に、次第に怒気が混じる。 いいから放して、お願いよナマエ このままじゃ あなたが 死んじゃう 「ねぇ…!」 「なぁモネ」 「な、に」 「どう? 俺の体で、モネはあったまったか?」 「……え…」 「今までずーっと寒かったろ〜モネ もう大丈夫だからな。今日からはちゃんと俺がこうやっててやる。もう寒くないぞ〜」 鼻を啜るような音がした。 でもモネが俺の前で泣いたことは過去一度もなかったから、多分この音も気のせいだ。だんだん体の感覚が無くなって来たような気もするが、これは絶対に気のせい。モネの身体を抱きしめて幸福感で満ち溢れているこの俺が、たかが寒さ如きに挫けるはずが無い。愛は偉大だと言うことを ここに証明してやるのだ。 「…ばか 貴方ってほんとにバカよね。久しぶりに会ったらさぞや男前になって帰って来ると思ってた私の期待を返してもらいたいくらい」 「俺はずっと前から男前のつもりだったんだけどなぁ」 「……そうよね ナマエは、心が男前だもの」 あれ、心だけ? 内面がいいって言ってくれるのは嬉しいけど少しは見た目を褒めてくれたって…………… 「…本当にお人よしで、ばかな人だもの。パンクハザードの任務には、連れて行けないわよ」 ……モネが、なにか言っている。 聞かないと、 ちゃんと、耳を傾けないと。 ああでも、気分が良くなって来た。まるで夢の中へまどろんで行くような感覚だ 背中に回った腕は、きっとモネのもの。 「…ごめんなさい」「ごめんなさい、ナマエ」謝ってくる声も、きっと君だ―― |