暗い企画 | ナノ
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「付き合え、ドフラミンゴ」


急に室内へと入って来た男の言葉に、 一瞬、ドフラミンゴの世界は停止した。
だがすぐに"そう言う意味"で言われた言葉でないと判断し、普段のドフラミンゴよりも数倍横柄な態度をした年上の友人に、作業の手を止め機嫌良く問いかける。 「何処にだ?」――作業とは言っても、ソファに寝転んで読んでいた本を閉じただけだ。


「何処って、いつものバーに決まってるだろう。 分かりきったことを態々問いかけて来るな」

「なんだ 今日はえらく機嫌が悪ィなナマエ 雨は降ってねェぜ?」


ドフラミンゴの発言はまた、友人をイラつかせたらしい。分かりきったことをわざわざ、今聞かされたばかりの指摘を早くも無視したからだ。しかしナマエは言い返すでもなく、日中の仕事でヨレヨレになったスーツのネクタイを緩めながら、「いいから行くぞ。年上の言うことには素直に、素早く従え」と命じる。 あぁ、と。 ドフラミンゴは身体を奔り抜けた快感のような痺れに、口元が疼くのが分かった。
ドフラミンゴは、ナマエの低い声が自分の名前を呼び、従えと言って来るのがたまらなく好きだった。 自分がこの世界において たった一人にだけ許していること。



さして面白くもなかった本をテーブルに置いて、外出の準備を済ませるとナマエは待ちくたびれたような嘆息の息を吐き、「遅いぞ」と言う。普段の動きがあまり機敏ではないドフラミンゴがなかなか手早く準備出来たと自負していたというのに。



「そろそろ聞かせろよナマエ んなプリプリ怒ってる理由をよォ」



広いドンキホーテ邸宅からようやく表の大通りに出ると、外はすっかり暗くなっていたのが分かった。
街灯に照らされるナマエの横顔を見ながら、その話で彼をからかう気がありありと窺えるような悪どい笑みを浮かべる。


――お前の大好きな愛車に、泥でもはねられたのか?

――下げたくもない取引先の相手に頭でも下げさせられたか?


幾つか頭の中で候補を思い浮かべて、返答を待つ。

そして、いかにも"思い出すのも胸糞悪い"な表情のままナマエは苦々しげに口を開く。



「……また告白されたんだ! 男に! しかも今回は俺の部下にだぞ!」


声を上げたナマエに、またか とドフラミンゴはサングラスの奥の眼と口元を歪める。


ナマエは、所謂"ナイスミドル"の単語が見事に当て嵌まる容貌をした中年男性だ。
ドフラミンゴと並んで立っても引けを取らない程均整の取れた筋肉美の身体は、中学校時代からの彼の生涯スポーツになっているボクシングの賜物であり、日々のデスクワークに追われているとは思えないほど引き締まっている。背も高く、無駄な肉もない、完璧な体
その上ナマエは顔も良い。白髪が混じり出した黒艶のある髪に、スッと真っ直ぐ通った高い鼻梁、厳しく細められた目は破顔することにより柔らかなものへ変わることも知っている。耳をくすぐる低音の声も好ましい。
更に性格も人好きはするだろうが、ナマエと言う人間性を一度知れば 頼もしい、男の魅力に変わる。

そんなナマエは異性のみならず、同性にまで想いを寄せられることが今までにも多々あった。ドフラミンゴが話を聞いただけでも数人いただろう。


「受け入れるつもりなんて微塵も無いのに、押し付けるだけ押し付けて来ることもまた鬱陶しく感じられるんだ! まったく、どうかしているな 男が男に懸想などと」


だが見て分かる通り、ナマエは潔癖症なところがある。
『"そう言う"人種がいることは理解できる、が、他者と己が同じ思いであるかどうかはまた違う問題だ』
ナマエはそのテの愛情に寛容な人間ではない。 落ちるのならば女がいい、と。


「…そいつァご愁傷サマだったなナマエ」

「そんな軽い問題じゃないんだドフラミンゴ」

「おおそうか、確かに今回はいつも以上に怒ってんなァ」

「して来たのは部下と言ったな。 あの男、どこでそれを伝えてきたと思う」

「さあな。会社でか?」

「そうだ! 往来のある社内廊下でだ! 全く人間性を疑う。俺のことが好きだと宣うくせに、私にかかる迷惑のことは一つも考慮していないのだからな」



 ナマエはすっかり部下の男に嫌気がさしたようだ。ドフラミンゴはもう一度「ご愁傷サマ」とだけ呟く。
ナマエと、そして、ナマエに告白したというナマエの部下にも。


まったく無知は罪だ。 もしもその部下の男がドフラミンゴと同じ立場にいれば、ナマエに想いを伝えるなんてことはしなかった。何故か、それはドフラミンゴは日々聞かされていたからだ。
"ナマエは、同性から想いを告げられることに虫唾がはしる人間"であることを。


優しく深慮なナマエなら自分の想いを受け止めてくれる、なんて幻想を抱けることが羨ましい、とさえ思う。
ドフラミンゴは、とうの昔にそう言った感情を全て無くしてしまっていた。


早いものでもう二十年
ドフラミンゴは今日も、ナマエに 自分を受け入れてもらえなかったと嘆く。
好かれていたいのだ、ナマエに。 嫌われたくないのだ、ナマエに。
なんて女々しい感情だろう。反吐が出そうだ。いっそ吐いてしまいたい。一緒に感情ごと吐き捨てられてしまえば、きっと楽になれるんだろうなァ




「…ドフラミンゴ? お前こそ今日はやけに静かだな。何を考えてる?」

「……いや別にィ? モテる男は大変だなってな」

「…喧嘩なら買うが」

「冗談!プロボクサー様になんざ敵いっこねェよ! おれはただの一般市民だからなァ、フッフッフ!」