後に頂上戦争と呼ばれることになるマリンフォードでの戦いは、エースと、エドワード・ニューゲート、この二名の死によって閉戦する。 能力者二名のみならず多くの一般海兵や参戦した海賊たちが死んだが、それは先述の二名の死に比べればちゃちな喪失だった。 しかし戦闘中は、誰もその二名が没することなど考えもしない。 彼らの死を身で体験することが出来たのは、永い呆然の後であった。 あの方は海の上で死ぬものなのだとばかり思っていた。しかし現実は違ったらしい。 潮風が運んでくる海の匂いを上書きするかの如く立ち込める深い血の臭い。足で立つのは硬い木製の甲板じゃなくて、柔らかい人の身体の上 そしてあの方の身体を貫いているのは、海王類の牙ではなく人間が手にする刃 「オヤジ!!」 マルコから、ジョズから、別の隊長格たちから、支船に乗る者達から、異口同音の叫び声が上がる。 それぞれが相手をしていた敵の攻撃からも意識を外し、皆一様にして、高台の上で無数の武器によって身体を貫かれているオヤジの姿を注視する。マルコなんかは無我夢中で飛び出そうとし、手錠によって押し戻される羽目になった。 オヤジ――白ひげの巨躯から噴出している見慣れぬ液体は、本当に彼の血液なのだろうかと、ナマエは、場違いにもそんな事がまず脳裏を横切っていった。 何せ未だに状況の変化に追いつけていないのだ。 黒ひげティーチの配下たちはあれ、何人いるんだろうか。昔よりもやけに増えている。揃いも揃って極悪鬼の顔触れだ。その者達が一人一つ得意の武器を手にしていて、それが全て白ひげの胴体に…… 「…あ、ぐ…っ!?」 「油断したなナマエ お前程の海賊が背後を取られるとは情けない」 いつの間にか背後を取っていたモモンガの持つ刀が、ナマエの胸部に深々と突き刺さる。 隊長格ではないが、白ひげの腹心として海軍にも広く知れ渡っていたナマエが敵に背後を許したことは過去にもまずない。 それ程に、彼にとって白ひげのあの有様は信じがたいものなのだろう、とモモンガは刀を引き抜かないままそう考える。 何せナマエは己の身体を海兵に貫かれた今も尚、高台の上の白ひげから視線を外さないでいた。いや、モモンガに刺されたことにすら気付いていないのかも知れない。 周りにいた他の船員仲間たちの方が早くに気が付き、「ナマエ!!」と心配の声を投げかけている。が、それにもナマエは返事をしない。驚愕のまま見開かれた目には、人知れず涙が溜まっている。 「あ……ぁ……、オヤ、ジ……」 途切れ途切れの声と共に、血の気を失い震える両手を伸ばしている。 その先には、仁王立ちしたまま事切れたエドワード・ニューゲートの姿 「……逝ってしまうのか」 さんざめく喧騒は、四皇・シャンクスの登場により更に増幅していた。 ナマエの呟いた声など誰も意識しない。モモンガも既に、ナマエの身体から刀を引き抜き、撤退しようと試みている海賊たちへの追走に向かっていた。 「 俺を置いて、貴方は逝ってしまわれるのか」 茫然自失 呟いた自らの言葉に暫く沈黙していたナマエは、ある事に気が付く。 それは、自らの状態だ。 そこで初めてナマエは自分の体が死に瀕していることを悟る。 あれ、俺っていつの間にこんな状態になったんだっけ?と疑問に思ったが、もうそこは然して重要ではなくなっていた。 大量の血を流してしまったんだから、そろそろ自分も 死ぬ筈だ。 「 俺は、貴方に置いていかれないんだ」 直ぐにでも追いかけられる。 オヤジのもとへ、自分も向かえるのだ。 |