暗い企画 | ナノ
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仕事の締め切りに追われていると言う詩人が、部屋に篭ったまま出てこないことを心配したるり子さんから差し入れに行ってほしい、と湯のみに淹れられた緑茶とつまみに食べられそうな和菓子が乗った盆を渡された。
「あ、それ一色さんが好きなお菓子だ!」と秋音さんが言っていたので、それはさぞかし詩人の潤いになるだろうと承諾する。


「一色さーん? 夕士です。入ってもいいですかー?」


ノックをすれば、「夕士クンー?なにー?いいよー!」と思ったより元気そうな返事が返ってきて安心した。
では遠慮なく、ドアを開けて中に入る。詩人の部屋はいつ来てもAV機器とかパソコンで埋め尽くされていて正直樹海を歩いているような感覚だった。

どうにか詩人のいるところにまでたどり着く。途中、お茶を零しそうになって焦った。


「どしたの??」


机に向かっていた詩人が振り返る。その顔には色濃く隈があって、だいぶ切羽詰ってる感じが伝わってきた。


「るり子さんがお茶とお菓子を差し入れてくれたんで、持って来たんすよ」

「えっるりるりが?! うわぁ嬉しい!ありがとネ〜〜〜!」


ひゃっほーう! 詩人は、いつもの子どもの落書きのような顔に笑顔を浮かべて俺から盆を掻っ攫った。
そんなに勢いよく取ったらお茶が…!と思ったけど、さすが詩人 水滴の一つも零さなかった。

モグモグと和菓子を口一杯に頬張る詩人の様子を見たから、もう戻ろうかな。
だが俺はちょっと興味があったから、コッソリと詩人の机の上を覗き込んでみた。
……作文用紙に呪いのように文字が書き殴られていたのは、見なかったことにしよう…


「……あれ、一色さん。 それって何ですか?」

「ん? これかい?」


俺が指差したものを詩人が手に取る。

それは、紅葉の葉のように人の掌の形をした枯葉を押し花にした栞だった。どうして俺がそれを気になったのかは分からない。本に挟まれていない栞を詩人が机の上に出してたのが不思議に思ったわけでもなく、ただ何となく、その栞からプチとかから感じる"気"みたいなのを感じ取ったからだ。


「さすが夕士クン メキメキと修行の成果が出てるネェ〜  これはね、貰ったんだよ」

「それって…」

「ソ、妖怪からね」



アタシの読者には、妖怪の子もいてネェ

詩人はその栞をくれた妖怪との昔話を語ってくれた――仕事の息抜きをしようと思っていたから丁度良かったんだと言う――




詩人の読者でありファンだったと言う妖怪の名前はナマエと言う。
佐藤さん達のように人間の姿を取れる程の力はなくて、いつも薄い陽炎のような、二足歩行で立つ影のような、真っ黒な姿をしていた。

ナマエが詩人の書いた作品を読んだのは偶然だった。
詩人の書いたコラムが載っていた雑誌が道端に捨てられていて、それを拾って読んだナマエが、詩人の書く話の世界に引き込まれ、ファンになったのだ。そこに載っていた著者近影の中の詩人の顔を妖怪は覚え、詩人に会う為にずっと所在を探していたのだと言う。

そしてナマエは妖怪アパートを見つけた。そこで住む詩人のことも。

ナマエは言葉を操るのがあまり上手くはなかったが、それでも詩人を脅かさないようにゆっくりと丁寧に『わたしは、あなたの作品が、好きです』と伝えた。詩人は怯えるでも吃驚するでもなく、「ホント? 嬉しいなぁ、ありがとね〜」と言って笑ったのだ。

それからナマエは、詩人と話がしたくて度々妖怪アパートを訪れていた。時には仕事ぶりを後ろから眺めてワクワクしていたらしい。読ませてほしいと懇願したナマエに、「じゃあ特別にね」と笑う詩人も楽しかったのだ。妖怪との交流らしい交流は、初めてのことだったから。



「イイ妖怪も外にいたんすね」

「でもね ナマエはある日、『もう来ない』と言ったんだ」

「えっ?」



ナマエは妖怪アパートの入り口にまでやって来て、詩人を外に呼び出した。どうしたの?と会いに行った詩人に告げたと言う。――もう、ここには来ないと。

「アタシの作品にもう興味がなくなった?」と訊けばナマエは首を振る。
そうじゃない。 だが、もう来れないのだと。



「それでナマエはコレをくれたんだ」

改めて詩人の手にある栞を見る。枯れないように加工される押し花にとって、枯葉は不向きのような気がした。


「この栞はね、"三途の川の片道切符"なんだって」

「え…さ、三途の川の……?」

「あの妖怪は、ナマエはね、死んだんだよ。 だからもしアタシが死んだら、その時にまた話を聞かせてくれって渡されたんだ。ナマエのいる三途への直行便らしいヨ?」


栞を軽く振って笑う詩人 その様子が、何だかやけに楽しそうで俺はどう言う反応をすればいいか分からなかった。


「でも何で切符の形が栞みたいなんすかね?」

「"死折"……」

「…しおり?」

「死は折り返しが利かないモノだって言う、あの子なりの冗談だったのかも知れないネ」



そう言って話を締めくくった詩人は「じゃあそろそろ執筆に戻るから。るりるりにアリガトウって言っといてもらえる?」と言った。俺はお盆を受け取って、詩人の部屋のAV機器の樹海を通り抜けながら、もう一度詩人の背中を振り返ってみた。


一色さんは、あれがあるから死ぬのが怖くないって思ってるのかな?


それは俺には判断できないところだったけど、何となくそう思った。
俺も、ナマエと言う妖怪に会ってみたかったな。一色さんのファンだった妖怪なんて、話が弾んで面白い話が出来たような気がしたんだ。