暗い企画 | ナノ
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子には親が必要だった。
それが例えどのような形の、どんな人間の、どんな愛情を持っていようと、子は親がいなければ生きてはいけない。ドフラミンゴはまだ人生を五年程しか生きてはいないがそれを知っていた。

大人の保護を受けなくては生活できないような裏社会の路地裏で、ドフラミンゴが「父」と呼んだのは、とある一人の男だけだった。
血の繋がりはない、本当の親でもない、ただ、いつもキョロキョロと目を動かし、薄汚れた、口数の少ない男の後ろを ドフラミンゴはついて回ることしか出来なかったのだ。



「とうさん、どこに行くんだ?」


明け方早くに、根城にしている廃水路から出て行こうとした父の背中を呼び止めた。振り返った父は「……起きたのか」と不機嫌そうに答える。正確には、ドフラミンゴは"起きていた" 父が起床し、外出の準備を済ませるタイミングを見計らって声をかけたのだ。
こんな時間――時計はないが朝靄の量と太陽の位置で大体の時間は分かった――に、この男が起きるのは珍しい。いつも昼頃まで惰眠を貪り、ふらりと起きては捨てられたゴミや食糧を調達しに行くが、今日は何故こんな時間なのだろう



「…………」

父は言い淀んでいるようだった。わざわざドフラミンゴに話し聞かせてやるような話でもないのかも知れない。それでも折れずに再度「なあ、どこ行くんだよとうさん」と声をかける。父は嫌そうに手を振った。「そう何度も俺のことを呼ぶな」――この男は、ドフラミンゴに「とうさん」と呼ばれるのを嫌がる。本当の子どもでもないのに馴れ馴れしい、とでも思っているのかも。だがそれは、ドフラミンゴの想像の域を出ないことだったが。



「……職が見つかったんだ」


ドフラミンゴの強い視線に負けた父がそう口を開く。ドフラミンゴは思わず「えっ」と声を出してしまった。睨まれる。しかし仕方ないだろう。この男が、面倒ごとや力を使うのを億劫がる父が仕事を見つけただなんて。

「どんな仕事なんだ?」 息を荒くさせ駆け寄って来たドフラミンゴの身体を若干煩わしそうに跳ね除けようとした父は一言だけ「…運び屋だ」と言った。



「……運び屋?」

「…職と言ってもな、この日だけの仕事なんだ」


黒ずんだ指で頭を掻く父の姿は、どこか恥ずかしげだった。ドフラミンゴにはあまり言いたくなかったようだ。だからこっそりと出かけようとしたのだろう。続けて父は説明する。「隣町まで荷を運んで貰いたがってる男がいてな。その男はどうも別の国から来たようで、この辺りの土地に詳しくないらしい。……まあどうせ、ここらの土地が汚くて臭ぇから歩きたくないんだぜ。小奇麗な格好をしてたからな」って訳で、今からその男と荷が待ってる場所に行って代わりに届けて来るよ。金は後払いらしいがな。

着古されたブルゾンの裾を掛け合わせた父は話し終えるとドフラミンゴの顔を窺った。
「……?」いつもドフラミンゴの顔を直視したりしない父にしては、珍しい行動だ。ドフラミンゴは少し後ろに身体を反らせた。その細い身体を逃がさない、と言うように、父の節くれだった指がドフラミンゴの頭を掴んだ。


「…安心しろ。別にお前を、ここに捨てて行こうとしてるんじゃあない」

「…!」


ドフラミンゴは、父が言ったような事は考えもしていなかった。
それ以上に、この父がそんな事を言う方が奇妙に見えて疑わしく感じてしまう。

――本当に置いて出て行く気なのではないだろうか、この男

自分のことをあまり省みない男だったが、いなくなられることはドフラミンゴにとって損失だ。
無法地帯のこの国で、大人がいなければすぐに子どもは別の大人の手によって殺される。意図的に父がドフラミンゴを護った事はないが、父はいるだけで子を護っている。もう少し、子どもではなくなるまではいてもらわねば困る存在だ。


「……ちゃんと帰ってきてくれよ、とうさん」


「…だから、父さんて呼ぶのはやめろ」

そして父は出て行った。
去り際に見せたあの顔は、もしかしなくてもあの男の"笑顔"だったのだろうか。

「……初めて見た」

…気持ち悪ィ、おえー

嘔吐する真似をしてみた。そうでもしないと何だか野暮ったい気分が晴れないような気がしたから









それから父は五日間この廃水路に帰って来ていない。

隣の町までは人間の足で約二日かかる。休憩をとる為に隣町で一泊したとしても、往復でだと約五日 もう帰って来ても良いような頃合なのに、父は未だ戻らず。
そろそろ帰ってきて欲しかった。ドフラミンゴの腕では、この五日間、一日分の食糧を確保するだけで多大な重労働を強いられたのだ。蹲るようにして、水路の奥で帰って来るのを今か今かと待つ。あまり動いてはいたくなかった。
腹が減るからだ。



「………」

「………ドフ、ィ」

「! とうさ、 !?」



水路の入り口に陰が立ち、覚束無い足取りで入って来たのは、父だった。だが様子がおかしい。出て行ったときに着ていたブルゾンが、腹のところで変に膨らみを持っている。そして次に目についたのは、父の左腕がなくなっていたことだ。


「お、おいどうしたんだよそれ、腕が」

「ドフィ 逃げるぞ」

「は?」


父が腹の中から出したのは、奇妙な形の果物


「見ろ。俺が運ぼうとしてた荷は、悪魔の実だったんだ。知ってるかドフィ、悪魔の実を。売れば一億はくだらないと言われてる代物なんだぞ。これさえあれば、こんな薄汚れたところとオサラバ出来るんだ。もうゴミを漁らなくとも、雨水を飲まなくとも、汚い服を着続けることもしないで済む」



何かの熱に浮かされたように饒舌に喋り続ける父の様子は変としか言いようがなかった。頻りにあちこちへと巡らされる不安定な視線と、オドオドと小刻みに震える身体
左腕はどうしたのかと冷静に訊ねたドフラミンゴに、父は出鼻を挫かれたように不機嫌な顔になる。


「斬られたんだよ、この町で依頼人の男にな。しくじった。隣町で受け渡し人が見つからなかったから好都合だと思ったのに、まさかあの男、小奇麗な格好して剣の腕があったんだ。今は俺とこの実を捜してるんだろう。 見つかる前に此処を出るぞドフィ」


こんなに名前を呼ばれるなんて初めてだな、ドフラミンゴは全く関係のないことを考えていた。止血も満足にしていない父の顔が、どんどん青褪めて行っていることに気付いているのはそれを見ているドフラミンゴだけだろう。紫色になりつつある唇を震わせながら「行くぞ、ドフィ 早く」と言う父の手元の物を見る。 悪魔の実 もちろんその存在は知っている。それさえあれば、とても強い力を手に入れることが出来ると言うことも。


この男は間違った考えを持っている。 その悪魔の実を、売ってしまおうとしているのだ。何とも寒気が立つようなことに、ドフラミンゴと共にこの汚い町を出て生きる為に。



「………フッフッフ」

「…? ドフィ?」


なんと言うことだろう。つまり父がしようとしていることは、その悪魔の実を売って、父とドフラミンゴ、二人分の為にそれを使おうとしているのだ。

そんな馬鹿げた話があるだろうか?
何故、それを二人で一つと言う使い道しか考えないのか、
ドフラミンゴは父の愚かさに笑いが止まらなかった。


「…なぁ、とうさん 悪いな」

「ん…?なにを言いだ、ぁっ…!?」



自身の腹部を貫いた、刃毀れしたナイフを見下ろした父は驚愕に目を剥いた。
なぜ、とその目がドフラミンゴに語りかけている。



「あんたがおれの事もちゃんと考えて、その実を二人で使おうとしてくれた気持ちだけは受け取っておくな」

でも

「おれがそれに従う義理はないよなぁ? だって悪魔の実さえ食えば、おれはもう大人の庇護下にいなくて済むんだ。強くなれば、子は一人で生きていける。そう言うもんだろ、親子って。――なあ、とうさん?」

「…お……ま、え……そ、ん……な…お、れは…………」



父が何を言いかけたのかは永久に分からなくなった。
片腕を切り落とされ、子に腹を貫かれた男は絶命した。握っていた悪魔の実が男の手を離れ、ドフラミンゴの足元に転がってくる。
それを酷く緩慢な動作で取り上げたドフラミンゴは、フッフッフと笑った。


「ありがとうな、ナマエ」



貴方のおかげで、おれは生きられるんだ