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▼ 俺がお前でお前が俺で


例えば目の前にいる俺が俺ではなくローだったとしよう。まず夢かどうかを疑った。
『ああ、自分が困惑したときってこんな表情をするのか』なんて呑気に思考してみたりしたが、目の前の"俺"が「……おれ…?」と漏らすので、いつまでも呆けたままではいられない。一応深呼吸をする為に胸に手を当ててみた。
自分のそれとは違う、薄い胸板のせいで更に動悸を早められただけに終わったが



「……、……」

「…」

「……まぁ、その、何だ  どこか痛いところはないか?ロー」

「…ない、が… …いや待て、そうじゃないだろ、ナマエ」


俺の姿をした俺が俺の名前を呼ぶ。
ややこしい事だが、端的に言うと俺とローの精神が入れ替わってしまったのだ。…こんなコトを口にする日が来るなんて思いもしなかった


驚きなら一頻りした。騒ぎすぎて、取り乱し過ぎて、支柱に頭をぶつけて意識を失ったシャチ君やバンダナ君がいるだけで、他に負傷者はいない。いたとしてもすぐ治るだろう。伊達に医療器材や医療知識を持つクルーばかりを乗せた海賊船ではないと言うことだ


問題は何よりも俺とローである
自分で口にするのも憚られるが、俺もローも、あまりリアクションを大きく取るような性格ではない。普段の態度に比べれば幾分目を真ん丸くさせて、ローも驚いているのだろうが、何せ見た目が"俺"であるせいで新鮮味がない。かと言って俺はと言えば、自分とローの身に降りかかったこの出来事が異常事態過ぎて逆に冷静になってしまっている。人間とは変なところで融通が利くようになっているらしい


「俺はてっきり、ローの悪戯かと思っていたんだが…」


人体に能力のメスを入れ、心臓……精神をすり替え人格を入れ替えることがローには可能だった。
事態を把握したときも、夢の次に思い浮かんだのがこの案だ。だがローは「心外だ」と言わんばかりに――いや実際にそう言った――口を尖らせる。……再三言うが、表情が"俺"であるのが何とも残念だ



「おれがどうしてナマエとおれの精神を入れ替えたりなんかすると思うんだ」

「…それは、確かに」

「そんな事をしたって何の得にもならない。ナマエはナマエだから良いんだぞ、分かってんのか」

「…あ、あぁ すまん」



よく分からないままに怒られてしまったが、要するに『ナマエはナマエのままでいて』と、そう言うことだと思っておこう。考えが少々、昭和の香りがするのはご愛嬌だ。40手前の男だってこんな事を考えたりするから


だが問題の方はちっとも解決に至らない。これがローの仕業ではないとすれば、一体なんなのだ

今、ペンギン君やジェントルさんを筆頭にインテリ集団が船に積んである蔵書と言う蔵書を引っくり返して原因究明に勤しんでくれているが、期待はあまりしていない。
以前にも何度か、こう言う妙な出来事が降りかかったことがあった。その何れの時も、時が解決してくれた。事勿れ主義に転じるようで申し訳ないが、ここでアタフタしていても仕方が無い。大人しくしている、これが一番だろうか



「とにかく落ち着いて待とう、ロー」

「……相変わらずクールだな、ナマエは」


嫌じゃないのかよ、とローが訊いて来たが、嫌悪は全く感じていない。例え相手がローではなく、別の者であったとしても、嫌だと感じることはないだろう。
逆にローは嫌なのか?と問えば、「バカ言え」と言う返事が返って来た。そうか、嫌じゃないんだな


ローの船長室に設えられているベッドに腰掛けると、その隣にローも腰を落とした。
ふぅー、とどちらからともなく、特に意味のない溜息を吐いて沈黙していると、扉を開き入って来たペンギン君が「キャプテ…、うわ 何だこの違和感」 腕を組んでいた俺――見た目はロー――と、後ろに手を付いて足を組んでいたロー――見た目は俺――を見て口をへの字に曲げた。


「…何か分かったのか、ペンギン」

「――あ、えぇ そうでしたそうでした 調べてみたのですが、いつもの様に原因は不明です」

「…やっぱりか」

「それにしてもこの世界は不可解なことばかり起きるようになってるんだな」

「…あのな、普通はこんな妙なこと、なかなか起きねぇモンなんだぞナマエ」



"偉大なる航路"の不思議神秘――なんて言葉で片付けていいものじゃない。ローの言葉にウンウンと頷き賛同するペンギン君の二人に、ははは…と渇いた笑いを返すしかなかった。