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▼ これは愛と正義のためとかじゃなく


お給金が良くなければ絶対にこんな仕事辞めてる。

末端まで躾の行き届いた堅苦しい海軍本部の人間たちの姿を窓から見下ろしながら、ナマエはかー、ペッと唾を吐き棄てる真似をした。勿論こんな場面を上の者に見つけられてしまえば即解雇は間違いない。それは嫌だった。面倒くさい仕事だが、金払いは良いのだ。明日の路頭に迷いたくはない。美味しいものを食べたいし温かい風呂に使って風の吹かない屋根の下で寝たいのだ。

すっかり汚れたバケツの中の水を替えようかどうしようかと悩む。冬だと言うのに刺すような冷水で掃除をするのを嫌だと思うことはもう無くなったが、ふと感じたドアの向こうに立っている存在の気配に気が付いて露骨に顔を歪めた。ドアの向こうの存在はノックもせずに部屋に立ち入って来た。この部屋が自室だから、ノックなどしないのは当然なことだが



「やあ、やってるかいナマエ〜」

「………黄猿さん 何遍も言ってることですが作業中は部屋に入って来ないようにと…」

「ああ、ごめんねぇ忘れてたよ〜」


――何が忘れてやがっただこの耄碌爺 光も射さないような海中深くに沈め


胸中でナマエが呪詛を吐き掛けていることに恐らく気付いていないこの部屋の主――ボルサリーノは埃一つ落ちていないフカフカの絨毯に顔を嬉しそうに綻ばせた。

「今日も相変わらず丁寧な仕事だよねぇ」

そう褒められれば此方も悪い気はしない。基本的に海軍のお堅い連中――中でも三大将は筆頭だ――のことは大嫌いだが、仕事には誠意を持って取り組ませて貰っている。雇い主に力量を褒められれば給金額のアップにも繋がる。もっと褒めてくれても良いですよ、と軽口で返せば、ボルサリーノはそうだねぇと笑った。この、いつもぶっきら棒なルームキーパーが冗談を言ったことが余程嬉しかったらしい。


「――じゃあ終わりましたんで、お好きなようにお仕事どうぞ」

「ありがとうねぇ、ナマエ お茶でも飲んで行きなよ〜」

「いえ、次の部屋があるんで結構です。失礼します」


淡々と答えテキパキと掃除道具を手に持つ。ボルサリーノは「えぇ〜」と残念がった。結構だとナマエは断ったのにも関わらず、手にはもうカップとパックを持っていた。「本当に結構なんで」もう一押し断ってボルサリーノの部屋を後にする。扉を閉める最後まで「ナマエ〜また明日もよろしくね〜」と言う声が聞こえた。…馴れ馴れしい人だなぁ相変わらず。ナマエは溜まっていた溜息を思い切り吐き出した。


最後はサカズキの部屋だ。 だが基本、あの人はいつも部屋にいる。仕事をしているようだから掃除の為に出て行ってくれとも言えず、部屋に雇い主がいるままの掃除は精神を削り取られる思いをする。三人の中でも一番憂鬱な部屋だ。幸い、不備を叱られたことはなかったが、今日がどうなるかの保証はない。サカズキはボルサリーノ以上に気分屋だとも言えた。テンションのハイローの差が激しいのが問題である。…だが給金の払いはサカズキが一番太っ腹だ。そうでなければやらない…と今日何度目かの溜息を吐く。そのナマエの背中を 廊下の反対から歩いて来ていた者が呼び止めた。



「ちょっと、ナマエ!」

「あ―? ――これはこれは、青雉さん どうしたんですか?」


この男に呼びかけられた時点からナマエは嫌な予感がしていた。この男は三人の中でも一番ナマエをからかってくる。本当に些細なことで仕事を頼んだりしてきたことが今までにも何回かあった。だからクザンを見ると反射的にナマエは眉間に皺を寄せる。油断すれば駄々漏れしそうな口を何とか押し止めていると、掃除道具を持っていない方のナマエの手を クザンはギュっと掴んで来た


「お願い、もう一回おれの部屋の掃除して」

「……完璧にした筈でしたけど、何か不備でもありましたか」

「ナマエの仕事は今日も綺麗だったよ。思わず見惚れちゃうくらいピカピカでさ〜 で、見惚れてたら持ってたコーヒーをカーペットにぶちまけちゃって」

「は?」

「染みに、なりまして…」

「……、…」

「その…匂いが立ち込めていると言うか…」

「………」

「……あ、謝るからさ!そんなに睨まないでくれよ!」

「……………、…」

「今月の給料倍払うから!」

「仕方ないっすね行きましょう」



変わり身早い…。仕事量を増やして申し訳ないなと思っていた気持ちは、すっかりクザンの中から消えていた。給金が増えるならとナマエはとても早いスピードでクザンの私室に向かっている。

部屋に来るのが遅くなったとサカズキに怒られるかも知れないが、原因はクザンにありますと言えばサカズキの怒りの矛先はそっちへ向くだろう。

大体、一筋縄ではいかないような厄介な顧客を三人も召抱えている身としては、こんな些細なアクシデントは気にする程のレベルじゃないのだ。




これは愛と正義のためとかじゃなく毎日の生活(お給料)のために戦うひとりの人間の物語である(おそらく)