30万企画小説 | ナノ
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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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▼ 腐った恋路


耐えられないんだ。
あいつから、憎悪の目で見られることが。嫌なんだ、止めて欲しい、見ないでくれ、違うんだ、そんなつもりじゃ、 子どもみたいな駄々をこねて頭を抱えて、蹲る。「あ、あ、あ」引き攣った言葉にもならない音が口から引っ切り無しに出てくるがこれは一体なんだ?どうしてこんなモノがおれの口から流れてくる?ヴェルゴには自身に起きていることが理解出来ない。躊躇するつもりはない。殺すことは必要事項である。たかが同僚、たかが一般海兵、されど、されど、ナマエは、ナマエは

――ナマエはお前の何だ?

「!?」 幻聴だ。居もしない筈のドフラミンゴの声が耳元で聞こえる。サングラスの奥に隠れているヴェルゴの瞳がカッと見開かれた。ナマエはお前の何だ?もう一度同じ言葉が聞こえてきた。ナマエは、おれの、

――ナマエはお前のことなんざどうとも思っちゃいねぇよ

ガツンと頭を殴られるような衝撃 実際は殴られていないが、脳みそが右に左にガクガクと揺れる感覚 そうだ 例えヴェルゴ自身がナマエに対して仄かな感情を抱いていようと、ナマエもそうであると言う事実はない。
ヴェルゴは昔から、誰かに真に好かれた試しがない。好かれようと思って生きてもいないから当然だ。人を好こうとしない奴は他人から好かれない。因果な世だ。そんな世界で生きて暮らして来ていたヴェルゴからすればそれは呼吸をするように当然のことで当たり前な事実 人を好くより殺す方が簡単なんだ。
それは極秘任務の為に海軍に在籍してからも変わらない。一心不乱に昇進ばかりを望んでいるせいで周りはいつでも敵ばかりだ。 それでいいと思っている。そう、思っていたのに、ナマエだけは、

――またあの男のことを考えてるな

ああ本当だ またナマエのことを考えているじゃないか。
ヴェルゴは状況も忘れ嘲笑する。ヴェルゴ専用にあてられた自室に、渇いた笑いが響いた。 全く本当にどうしてこんな事になったんだろう?ナマエは、どうしておれの前に現れたのだろう。そして、どうしてあんなに正義感が強くあるんだろう。嫌になる。嫌になる。あいつが、ナマエが今のような"ナマエ"でなければ、ヴェルゴは不相応な恋心など抱かなかった。任務を忘れ惚けてしまうことも、腑抜けてしまうこともなく、命令を遂行することだけを考える以前までの自分のままでいられたのに。

自室の壁に飾ってある竿を手に取った。他の者達には「趣味なんだ」と言っておいてあるこの釣竿も、ヴェルゴの手にかかれば武装された鋼鉄の武器になる。
撓る木で作られた竿が、じょじょに黒い光沢を帯びて行く。これで人を殴れば、すぐに頭を粉砕出来てしまう程の硬度だ
「……」武器を持ってみても、まだヴェルゴの決意は揺ら揺らと不安定に揺れている。
そこへタイミング良く鳴り響く電伝虫の鳴き声。ワンコールで切れたところを見ると、ドフラミンゴが各地に放ってある自分のようなエージェントからの"注意伝達"だろう。ヴェルゴがここで腐っていても、作戦は水面下で推し進められている。ヴェルゴが殺るのが早いか、他の者達が殺すのが先か、それだけしか待っていないのだ。今の、ナマエには



「………ナマエ……」



おれは、どうすればいい。 おれは、お前に疎まれながら お前を殺すのだけは、嫌だよ ナマエ










昨日の夜、ヴェルゴから久々に誘いがあった。「夜に、お前の家へ行く」海軍の居住区に、あいつがやって来るのは珍しいことだ。今までナマエが何度誘ってもヴェルゴは頑なに家には来なかった。屋台には出かけた。深夜遅くまで開店している海鮮ラーメン屋のおやじは気が良いし腕も確かでよく二人で食べに行ったっけ。ヴェルゴは塩味を食べていた。お代わりもしていたな。そんな事を考えながらナマエは自宅の掃除を念入りに仕上げていた。仕事でこの家を一ヶ月開けることなんてザラにあることで、よく見なくてもそこかしこに埃が降り積もっていた。こんな汚い家をヴェルゴに見せるわけにはいかない。長く使われていなかった掃除用具も、やっと出番だなと意気込んでいるかも知れないな。ハハ、と声に出して笑って、「…俺は一体どんだけ楽しみにしてるんだ」まあこうなっても仕方ない。ヴェルゴが、俺の家に来る。言い換えれば、好きな奴が自宅に来るのだ。張り切って掃除をしたり、思わず笑ってしまって何が悪い。当然の反応だよな?


「………何か作っか!」


ヴェルゴは晩御飯を食べてから来るだろうか?もし食べていたとしてもあいつならもう一食ぐらい腹に収めても問題なんかないよな。よおし、ナマエは腕まくりをして冷蔵庫を覗いた。しかしナマエの意気込みとは別に、冷蔵庫の中身は笑えるほどすっからかんである。これは買出しに行った方がいいか、と考え、ならヴェルゴにも付き合って貰うか、そうだそれがいいな。と予定を変更した。明日に響いてしまうかもだが、酒の1つや2つ買ってもバチは当たらない筈だ。

予定をあれこれ立てていると時間はどんどん過ぎて行っていた。そろそろ、ヴェルゴがやって来る約束の時間だ。緊張するわけでもないが、髪の毛を整えて身だしなみに注意を払ってみる。



――コン、コン



「 お」

木製のドアを控え目に二回ノックされる。そのノックの仕方が、ヴェルゴらしくて笑える。「今開けっからー」あ、ちょっと嬉しげな声出してしまったかな?

ナマエがノブに手を掛けようとしたとき、ドアの向こう側で大きな音がした。
「!?」
言葉にするなら、ガッシャーン!と言ったところだろうか。何かが隣の民家に叩きつけられたような音がした。そして更に大きな音が一、二度した後に、
ざくざくと地面を踏みしめる音がだんだん此方へと近付いて来る。

音の正体を確かめるべく開け放ったドアの前に立っていたのは、今正にノックをしようと腕を上げていたであろうヴェルゴだった。



「……、……ナマエ…」
「お、おぉヴェルゴ… さっきスゲェ音がしたんだがよ、何かあったか知らねぇか?」
「……………」
「…ヴェルゴ?」



ヴェルゴが口を開かない。サングラスのせいで覗けない瞳は今どこを見ているのか。
再度問いかけ、顔を覗き込めばようやく我に返ったように「……おれは、」と零す



「おれは、何も、知らない」
「…?そう、なのか? まあなら良いんだが……外に海賊がいたとかじゃないよな?」
「……あぁ、そんな輩は、いなかった」
「…ならいいか。優秀な海兵であるヴェルゴが海賊を見逃すわけないし」


優秀? 何故かヴェルゴはそこでピクリと反応を返した。 次に おれが、優秀な…と鸚鵡返しに呟く。なんだよ、どうしたんだヴェルゴ? ナマエの問いかけにヴェルゴはゆっくりと頭を上げて少し上にあるナマエの目をじぃっと見つめた。



「…そうだ おれは、海兵だった」


「……おいおい」



いくらお前が忘れっぽい性格をしているったって、自分の職業のことを忘れてちゃ駄目じゃねぇか

とにかく軒先で立ちっぱなしで会話も良くないから、家に入れよ。と促せばヴェルゴは「…ああ、お邪魔する」と敷居を跨ぐ前に一度ペコリと会釈をした。律儀な奴。ナマエは笑いながらからかった。そんな、畏まる必要もないのに。そう言えばヴェルゴは、ふるふると首を左右に振って、「…大事なことだ」と一言








他のエージェント達の方が早かった。ナマエの家の前に立っていた姿を見た瞬間、その道中にずっと考えていた不安や心配なんて全部吹き飛んで、気が付けば複数人潜んでいた殺し屋たちの身体を殴り飛ばしていた。渾身の力で壁に叩き込めばエージェント達はすぐに事切れた。やってしまったとか、嗚呼ドフラミンゴの耳に届かなければいいが とか、色々考えて、この家の扉の向こう側にナマエがいるのだと思うとどうしようもなくそっちへと足が行きたがった。 ――頼む、ナマエ、おれを 助けてくれ―― 無意識にノックしようとするよりも先にナマエが扉を開けて来るから、




「………ナマエ」
「お?どうした? …まさかパスタ嫌いだったか!?」



「おれは お前が好きだったんだ」



あの時、一緒に潰れてしまえば良かったのだこんなちっぽけな恋心など