▼ ハグもキスも難しい関係
「あっぢぃいいぃいいいぃい!!!バッカかナマエ!!!」
「………」
「――うがらああああああああああああっづいだろうがこんちくしょおおおおおおおおおおおお!!!」
「…………なら止めれば良い」
ラクヨウに拷問を強いているわけではない。ナマエの異様なまでに着込まれている海賊服の袖を捲り、腕の地肌に直に手を置いたラクヨウが、その熱さに一人で悶絶しているだけの光景だ。異様な光景だが、この行動自体にはナマエも慣れたもので、理不尽に飛ばされてくるラクヨウからの発言に反応も示さない。ラクヨウの気が済むまでやってくれと、船縁に凭れている三角座りの姿勢のまま、微動だにしていなかった。
しかし今日のラクヨウはなかなか折れない。普段の倍の時間で粘り続けている。そのせいでラクヨウの掌は両方とも真っ赤に腫れていた。
熱人――ねつびと、と読む――の一族であるナマエの表面体温はおよそ50度になる。調子が良ければ60度にまで上がることもあった。グランドラインの隅っこにポツンと浮かんでいる島に住む少数民族であり、とても稀な存在である為に認知度は低い。故に狙われないと言う利点もあった。
ナマエは感情の起伏の乏しい性格をした男だったが、人並み程度には海賊になって海を旅したいと言う夢を抱いていた。 白ひげ海賊団の一員として迎えられた時にもキチンと熱人の境遇や体質なんかは話しておいた。物珍しげに見て来る者もいたが、さすがは天下の白ひげ海賊団 特に目立った諍いもなく、ナマエはとても平和に過ごせていた。
しかしある日、同じ隊の隊長であったラクヨウに気に入られ、ナマエも彼を気に入り返し、いつの間にやら恋人関係になってからと言うもの、ラクヨウからのスキンシップが止まない日々が始まった。
曰く、「ナマエの恋人である筈のおれが一番深くナマエのことを触っとく存在になっとかないと駄目だろ!」とのこと。
全くナマエには理解出来ない考えであった。
そもそも、一般の人間と恋に落ちることなどナマエは考えもしていなかったから仕方がなかったのだが。
「…そろそろ止めにしたらどうだ、ラクヨウ」
「まだまだァアアアア!!」
「そうか」
まあまだやりたいとラクヨウが言うのであれば止めないのがナマエの意思だ。基本的に恋人の行動を束縛したくないタイプであった。だから今回もラクヨウが音を上げるまで待つつもりだったが、前述の通り今日は既に結構な時間が経過している。 このまま続けていれば、ラクヨウの手は爛れるだろう。鉄球を振り回し戦うスタイルのラクヨウは、手が重要な部位ではないか。さすがにそれは忍びなかった。自分の体に触れて火傷をしたせいでラクヨウが戦場で命の危険に陥るようなことにもしなってしまえば、それはナマエの本意ではない。
「ストップだラクヨウ」
再三の停止をかける。手に断熱素材を使用しているグローブをつけているので、ラクヨウの手首を思い切り握っても体の熱は伝わらない。
手を掴まれると、ラクヨウは一気にさっきまでの威勢を引っ込めた。
大人しく手を下ろし、三角座りをしているナマエの前に片膝を立てた姿勢で腰を下ろした。
「…今日はやけにしつこかったが、何故だ」
「うるせぇ。そんな日もあんだよお前の恋人やってっと」
「……そう言うものなのか」
「そう言うモンなんだよ!!」
それはナマエには分からない考えだ。普通の人間であるラクヨウには、色々と思うところがいつもあるらしい。あまり多くを語っては来ないラクヨウではあったが、今はどうやら話して聞かせたい気分のようらしく、威勢を取り戻して話し始める。
「サッチにさっきからかわれたんだよ」
「何と?」
「"お前らってセックスしてる時でも布越しにしか触れてないとかヤベェなー。それで満足出来んのか?"――ってなァ!!!」
「………」
若干モノマネも交えてサッチの言葉を再現したラクヨウは思い出してまた腹が立ったのか、更に憤慨し始めた。
なのでどうどう、とナマエはラクヨウの腕を取って落ち着くよう促す。
しかしそのナマエの手を逆に奪い取り、そこにつけていたグローブをバッと脱がしたラクヨウが「あ」と言う間に手を強く握って来た
「アアアアアアっぢい!!!!」
「…だろうとも。放せ、ラクヨウ」
「こ、こんくらい余裕だって言って…っ…!!」
明らかに無理をしている。痛みによる生理的な涙がラクヨウの目に溜まっていた。
まだ話は途中だった。続きを聞かなければならず、ナマエは少し強い力でラクヨウの手を振り払った。
「…それでつまり何なんだ。サッチにそれを言われて何故こんなにしつこくなる」
ラクヨウの目が嫌に輝いた。
「おれだって布越しのセックスに不満持ってっけどナマエがおれの体のことを心配してくれてるから服とか手袋越しなんだよなって心ときめかしてんのにそれを何かさも残念がってるんだろって言いたげなサッチにムカついてンなことねぇんだよクソリーゼント!!!って思いながら触ってたんだよ!!」
「…うーむ、分かったような、分からなかったような」
「ナマエはどうなんだよ!おれがお前の体に直に触れたら『アッチィイ!』ってなってんのにお前はどう感じてんのか今すぐに教えやがれぇ!五秒以内に答えねぇとおれの鉄球が炸裂すっからな!!」
それは大変だ。
痛い目には遭いたくないぞとナマエはラクヨウに返す答えを思い浮かべてみた。
だが。答えを出すのに苦労するかと思っていたのだが、存外早くに答えらしき理由が見つかった。
なのでそれを口に出した。まだ2秒しか経過していない。
「――いじめているような気分になって昂ぶりを感じている」
「…………は? え、い、いじめ…?」
「色々あるが、これが一番しっくり来る答えだ。 俺はラクヨウが俺の身体を触って熱さに涙を溜めつつそれでも尚俺に触れようとするいじらしい様を見て興奮を感じている節がある」
いつも無表情である感情の薄いナマエから予想だにしていなかった返答が返ってきたせいでラクヨウは思い切り顔を赤らめるハメになった。
多分、触ってみれば火傷をするぐらい熱くなっている筈である。ナマエの体温には負けるだろうが、熱くて熱くて、堪ったものじゃない
―――可愛いな。
口にすればラクヨウが怒るのは見えていたので、ナマエは口に出さずにその身体を抱きしめるだけに止めておいた。「うごっ!?」と言う声を上げたラクヨウだったが、自分が何をされたのかを理解するとワタワタと慌ててナマエの背中に腕を回す。
生憎とナマエとラクヨウの間には分厚い衣服の壁がある。断熱をするのは目の前の愛しい恋人の為だが、なるほど確かに、そう言われてしまうとそれが酷く邪魔に感じて来てしまった。
次の行為の際には一枚脱いでみようか、とラクヨウに提案する。「そう言うプレイをナマエとしてると思えば全然苦じゃねぇ!」と頼もしい言葉が返って来たので、早速今晩試してみることにしよう。