30万企画小説 | ナノ
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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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▼ 雨と男とキャスケット帽


「……やっべぇえぇ………」


重い酒樽を担いだまま、入った軒先の外では雨脚強い豪雨

酒場から船への帰り道を中ほどまで過ぎた頃にそれはやって来た。バケツを引っくり返したような大量の雨が降ってきたのだ。「わ、わ、わ」慌てて雨宿りをしたものの、ツナギもキャスケット帽もすっかり水分を含んで重たくなっている。酒樽を脇にドンと置いて、何か拭くものは持ってなかったっけと体中を探ってみたがそんなものは無し。


「……はぁ」


参ったなぁ。なまじ道程はあと半分、と言ったところでこの様だ。見れば、多くの人たちが店先や屋根の下で同じように雨が止むのを待っている。同じく買出し班だったベポやペンギンはどうしてるだろう。あいつらも今頃この島の街のどこかで困ってんだろうなーと思いを馳せてみる。
気を利かせた誰かが船から傘でも持って来てくれやしないかな、とも思ったが、そんな心優しい奴はうちにはいない。大人しく待っている他ないようだ。


「………だはぁ」

「……ふっ」

「え!?」



思わず吐いた溜息の後に、笑い声が被さってきた。思わず声のした方向を見ると、いつの間にか目の前に傘を差した男が立っていた。え、何で笑われたんだ!?


「あぁ悪い。面白い溜息だなと思って」

「な、な、ってか人の心読んでんなよ!」

「悪い」


クルーじゃない。知らない顔だ。傘を差した男は涼しい目元を細めて笑っている。失礼な野郎だ。人の溜息を勝手に笑って喜んでいるなんて性悪だ、きっと。
なんだよ、何かおれに用か? これ見よがしに傘なんて差しちゃって。 最後のは関係のないことだったが


「いや、用とかじゃないんだ。重そうな樽と一緒に雨宿りしてるなんて可哀想だなと思って」

「……お前だれ? この街の奴か?」

「違う。違うけど、この雨はまだ当分止みそうにないし、雨脚も強まる一方だと思うぞ。そんな雨だ」



どんな雨だよ!気象予報士かなんかか!?

何なんだコイツは! シャチはフン、と思い切り顔を背けてやった。もう話したくないし顔も見たくないと思っての行動だったが男は気にしていないようだ。「悪かったって言ってるだろ」また同じような謝罪の弁を繰り返しているが、本当に反省してるかなんて知れたものではない。まだ何か用なのか?と訊いてみる。さっさと去って欲しかった。


「いや、なら笑ったお詫びに運んでやろうかと」

「えっマジ?」

「あぁ。重そうだし、遅くなったら自分のとこの船長に怒られるんじゃないか?」

「お前、おれが海賊だって分かんのか?」

「分かるぞ?だってそのツナギの左胸にあるの、ハートの海賊団のジョリー・ロジャーじゃないか」


ああ、なるほど…。手で触れたそこには確かにハートのマーク だが怪しいこの男に荷運びを任せるのはいかがなものだろう。もしかすれば盗賊かも知れない。もしこの酒樽が盗まれでもしてみろ、キャプテンからのバラバラの刑は免れない。


「結構だ。酒樽持ってトンズラこかれちゃあ堪ったモンじゃねェよ」

「信用してもらえないか?」

「するか! おれはな、おれよりイケメンの野郎は基本的に信じねー主義なんだよ」



指差して宣言してやった。因みにキャプテンは例外だぞ。

男は傘を持ったままのポーズで、ポカンと口を開けている。その顔が、ジワジワと喜色に染まって行くのにギョッとする。ま、また笑いやがったぞこいつ!


「……そっちの言い分は分かった。でも俺にだって礼儀はある。何としてでも運ばせてもらうぞ」

「いやだから、任せらんねぇって言ってんだろ!」

「それはその樽だけを運ばれた時の場合だろ?」

「……ん?あー、まあ、な?? は?」

「なら、お前も酒樽と一緒に運べば解決するってことで良いんだよな?」

「……何言ってんだ、お前」



運ぶ?酒樽と、おれを?? 目の前の男の言っていることがまるで理解出来ない。疑問符を浮かべるシャチとは違い、男はもう話は終わったとばかりに手を叩く。

「よし、じゃあ早速行こう。これ持っててくれ」

「は?え、傘っておい、ちょ、ぉぉぉおおおおお!?」


んなななななななんだぁ!!?肩に担がれてんだけど…って言うか酒樽も担ぎ上げたぞこいつ!その酒樽何キロあると思ってんだ!!


「お、下ろせ!おろ…」

「黙ってないと舌噛むぞ」

「は? うおおおおおおおおおおおおおおおい!?」





――夢見てるんじゃないだろうか
男はシャチの体と酒樽を俵担ぎにしたまま、ビュンビュンと物凄いスピードで街を駆け抜けて行くのだ。
擦れ違う人々の顔もうまく視界に捉えられないぐらいの速さで、顔にかかってくる雨粒の強さもそれなりで地味に痛い。
「おおおおおお!?」
叫び声を上げるしかないシャチに、男は返事をしない。
ただ真っ直ぐ、ハートの海賊船が停泊している沖を目指して走り続けている。


なんだなんだなんなんだこの男は!? こんな速度で走られて、万が一にでも落とされてみろ。大怪我するのは間違いない!
絶対に落とすんじゃねぇぞ…と男の背中を掴む手の力を強めた。






「――着いたぞー」

「…へ? 本当だ!!!」


次にシャチが眼を開いた時、目の前にはハートの海賊船があった。未だ信じられない面持ちでそれを見ていたシャチの横に、「よいしょ」と酒樽も置かれる。


「お……お前、何者なんだよ!」

「ん? 優しいイケメンだろ?」

「う…胡散臭いだろうが!」

「まあまあ ちゃんと笑ったお詫びはしたんだから、許してくれって 丁度いい運動にもなったしな」

「運動!?あれでか!」



見張り台の上から、「あれ?シャチ帰って来てたんだな」と見張り番のクルーが呼ぶ声がした。さっさと中に入って体温めろー!の声にそう言えばと気付く。いつの間にか雨は止んでいた。


「ハートの海賊団のシャチ、か」

「どっどうしておれの名前知ってんだよ!」

「今あそこの男が名前呼んでたじゃんか」

「……ああ、確かに」



男はシャチの手から自分の傘を受け取り、雨も降っていないのに、閉じていたそれを開いた。


「じゃあな、シャチ またどっかで会おうぜ」


ビショビショに濡れた手が、シャチのキャスケット帽の上にポンと置かれた。

にっこりと微笑まれたその顔は、水が滴っていたせいでひどく眩しいものに見える。シャチは自分の頬に熱が持ったのを感じた。


「へ、変なことすんな気色悪ぃ!初対面なのに馴れ馴れしすぎだぞ!」

「確かにな〜」



男はそう言うと、すぐにこの場所から姿を消した。

シャチが「あっ」と思った瞬間の出来事だった。





わざわざタオルを持って出迎えてくれた見張り番のクルーが、立ち竦んでいるシャチに訝しげに声をかける


「どうしたシャチ? さっきの男は誰だったんだ?」

「そんなのおれのが聞きてーよ!!」

「な、なに怒ってんだよお前」

「うっせぇ! おら!酒樽運ぶん手伝え!」









そして。

雨宿りをしていたシャチに手を貸してきたあの男が実は麦わら海賊団に新規参入したクルーの一人であったことをシャチが知るのは、二年後のことだったのだ。