30万企画小説 | ナノ
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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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▼ あの空が瞬けば


ナマエは何日かに一度、船を出て空を遊泳するのが好きだ。ナマエからすれば狭いモビー・ディックの甲板の上では思い切り羽根を伸ばせない、伸ばせば他のクルー達の邪魔になる、だからナマエはこの自由行動が出来る時間をとても大切にしていた。マルコが「あまり遠くには行くなよい」と注意をしても『大丈夫。匂いを辿れば帰られるから』そんなことばかり言って言う事を聞かず、長い時間外にいることも少なくなかった。大地龍は個体数も少なく、珍種の生き物だ。狙う輩が少なくないことは、これまでの経験からも分かっている。それは勿論、ナマエも。
だが、やはり あんなに嬉しそうなナマエを見てしまってはつい、まあいいかと許してしまった。 今日だって、珍しくナマエの方から『マルコ、一緒に飛ばない?』と誘って来てくれたのにやらなければならない仕事があったから「悪ぃな、ナマエ 楽しんで来いよ」と断ったのを少し後悔している。仕事を投げ出すわけにもいかなかったが、ナマエに少しの間待ってもらえば一緒に行けたかも知れないのに。






「ナマエは、まだ帰って来てないのか?」


それは確かな違和感だった。ナマエが外に出ているからといつもの倍ぐらいゆっくりした時間をかけて仕事を終えた。一休みしようと船室を出てみるとゆっくりとするクルー達の姿の他に、見えると思っていた大きな龍の姿がない。近くを歩いていたラクヨウを捕まえて訊けばまだ帰ってないらしい。おかしい、と思うような時間ではない。前述の通りナマエは長時間空を散歩する。まだナマエが出て行ってから二時間弱と言ったところか。普段なら、あと一時間は戻って来ない。だから心配する必要もない。ない、筈なのだ。それだと言うのに、やけに胸の辺りがザワザワする。気圧が低くなったように上手く肺が機能しないような、苦しい感覚だ。ラクヨウはそんなことはないようだ。ともすればこれは、マルコだけの状態だと言うこと。マルコが今考えていることはナマエのこと。それは、つまり、これは、なんの、



――辺りを青に囲まれた白い船の上 遠い海上の上から天を衝くような咆哮が轟いた




「――!?」

「ど、どしたマルコ? いきなり怖い顔し、」

「今、ナマエの声が聞こえた」

「は? ナマエの声?」

「叫び声だ 確かに聞こえた 呼んでる ナマエが」

「え、――お、おいマルコ待て!!どこ行こうとしてんだ!」



矢も盾も要らず、甲板の上から飛び出した。腕を翼にする時間でさえ惜しい。
海上に身を躍らせ、落下する速度でマルコは不死鳥へと姿を変える。青い軌跡の残滓を残しながら飛び立って行くマルコの姿を船にいた者達は驚いたように見上げた。
傍にいたラクヨウだけが慌てた様子で親父のいる船室へと飛び込む。

――マルコがナマエの声を聞いたとか言って飛び出してったぜ!?

僅かに眉根を寄せたニューゲートは「そうかい」とだけ言い、すぐに操舵士へと連絡を渡す。息子が向かった娘の場所とやらに、直ぐに急行しろ、と。







龍が喉の鼓膜を震わせ、空気を震動させて紡ぎ出す音は海鳴りのようになる。人の耳に届けるにはあまりに小さくか細く距離があればその音は途中で霧散するだろう。しかしマルコの耳には、確かにそれが聞こえた。ナマエが己を呼ぶ声だ。マルコ、と名前を呼んではいなかった。単語にもなっていなかった。白ひげ海賊団の連中のお陰で話せるようになった人語を操る時の様相ではなく、極めて生物的な、動物が助けを乞う為に搾り出す叫び声


どこだ、どこにいる、ナマエ


声がした方角だけを頼りに飛んで来たが目を凝らしても凝らしても八方は海ばかり。
見当違いな方に飛んではいまいか、と心配になって来た時、
もう一度ナマエが呼ぶ声がした。
微かにだが、遠吠えのようなそれがマルコの耳に届く



「!」



そこは海に囲まれた孤島 ゴツゴツとした岩肌に切り立った崖に押しては返す荒波が打ち付けられている。自然のままに生長している背の高い木々が、その島の地表を覆い隠すかのように直立していた。

その、少し開けた広地に 大勢の男たちに囲まれているナマエの姿があった



『グ、オォォォオ!!』

「くそっ!何回痛めつけても鳴き止まねぇぞコイツ!」

「何発撃っても麻酔が利かねぇとか本当にとんでもねぇバケモンだな龍ってのは!」

『ギィ…ガァア、アア゛ア゛ア、ア! ア、…!』





――マ、ル コ






視界は急速に移動する。 最早怒りで何も考えられなかった



「――おい お前ェら」


「あ?」

「なんだ、ぁ?」



たぶん、 いや、 間違いなく、こいつらは 密猟者 だ。
ではなくともこの者たちがマルコにとって、"悪人"であることに変わりはない。
酌量の余地はなく、弁明を聞くまでもない。言い訳も如何なる理由も意味は成さない。

因って、彼らが何か言葉を発するよりも前にその体を砕いても 問題はないと言うことだ



「イ゛ッ!!?」
「う、うわあああああ!!?」
「あぁ、あ、あああああああ!いてぇ!いてぇ痛ぇ痛ぇ痛ぇ!!痛ぇよぉ!!」
「おれの腕が!!ない!!うで、うで!うでが!!」



情けない。仮にも海に生きる大の男がたった一つの体の欠損ぐらいで喚き散らして。

マルコは軽い運動ぐらいにしか感じなかった。辺りにいた男たちと余さず対峙したにも関わらずだ。
あちらこちらから上がる喚き声をバックに、マルコは中央で弛緩し切っているナマエに近付く。


『……、…!…――ル、コ…』

「ああ、ナマエ おれだ」


何発も撃たれたと言う麻酔が既にその身の全体に及んでいるんだろう。動かせない口を無理くりに動かして名前を呼ぼうとするその弱々しい姿に何とも言えぬ感情が募った。


ナマエの鱗で覆われた硬い皮膚には、何本もの杭が刺さり、そこから止め処ない血が流れていた。杭にはロープが結ばれており、それは束ねられるように檻へと繋がっている。
大方、いつもの様に空を飛んでいたナマエを空中で捕縛しようとしたようだ。しかしこの罠は海王類用の物と見た。本来なら海中でこそ効果を発揮するであろうこの罠では龍を容易く捕まえることが出来ずに、一旦、島へと引き摺るように連行したと考える。



やはり許し難い所業だ 怒りのせいで頭の中では何度も火花が散っている


もう一度この男たちを手にかける前に、恐らく飛び出した自分達を追いかけて来てくれているだろうモビー・ディックに居場所を知らせる為の発炎筒を空中に向けて放った。これで良し。



「すぐに治してもらうからな、ナマエ あとちょっと、頑張れよい」


ナマエはゆるく頷いた。その顔にははっきりと笑顔が浮かんでいる。パタパタと小さく揺らされる翼を見て、マルコは再度倒れて痛みに悶えている男たちを見た


「さて――」


ボキリぼきりと拳を知らず内に鳴らす。男たちはとっくに、マルコが"白ひげ海賊団一番隊隊長マルコ"であることに気付いたようだ。


「た、助けてくれぇ!」
「白ひげの所有物とは知らなかったんだ!」
「もうしねぇよ!だ、だから命だけは!」


「うるせぇよい」


どんな懇願も聞かないと言った筈だ。 それに一つ訂正しておかねばならない箇所もある



「ナマエはおれの嫁だよい」


そこ間違えんな?


マルコが言った言葉はしかし、男たちには聞こえてはいなかった