▼ 純然たる恋心
「くれはさん!取って来た薬草、ここに置いとくね!」
「あいよ。ご苦労だったねぇナマエ」
「ぜんぜん平気! 他に頼みごとってない?」
「今のところは無いね」
「ほんと? じゃあドルトンさんのところに行って来てもいい?」
「あぁ、好きに行っといで」
「はーい!」
マフラーにイヤーマフ、手袋とコートに身を包んだナマエは入って来たときの元気そのままで城から飛び出して行った。
雪国生まれの雪国育ちだからと言っても、あそこまで自由奔放に明るく振舞う女も珍しい。
ドクトリーヌの許からDr.チョッパーが旅立ち、新王が即位し新体制の国作りが始まり出した頃、助手のいなくなったDr.くれはの許に助手入りを志願してきたのがナマエだった。
最初は助手は要らない、取らないと突っぱねていたドクトリーヌも遂には折れ、こうして薬作りに必要な材料を取って来させたりお使いを頼んだりとそれなりにコキ使ってやっている。
ドクトリーヌが彼女を助手にしたのは何も純粋な根負けをしたからだけではなかった。
あの純粋可憐な見た目に反し、彼女の心もまたそれなりに歪んでいる。
やはり美しいだけの女では面白くない、人間そうでなくっちゃね、と思い
ボトルを口に運んだドクトリーヌは「ひーっひっひ」と愉快そうに笑った。
今頃あの子は、村に到着している頃だろう。
そしてそこで、"愛しの君"に溢れんばかりの愛を伝えようとしているはず
きっと今日も、あの堅物真面目謹直の塊が狼狽する声が上がるのだ
・
・
・
「こんっにちはぁ、ドルトンさーん!」
「――ああ、こんにちは ナマエちゃ…ん!?」
トナカイが引いていたソリから勢い良く飛び降りたナマエは、目当ての背中を見つけるとすぐさまそこへ飛びついた。
後ろから胸部を揉むのも忘れずに
「こ――こらナマエ!!いつもいつも言っているだろう!人のむ、胸は、挨拶がてら揉むものではないと!」
「あはは、ごめんなさいドルトンさん。大好きです!」
「だから…!……はぁ……」
基本的にナマエと会話は成り立たない。
王国…ではなく村の守備隊長を勤めている時からナマエはドルトンに好意を寄せていて、事あるごとに彼へのアタック…のようなセクハラをしていた。
最初の内こそ意図を掴みきれず、「これも彼女なりのスキンシップなのかも知れない」と容認していたドルトンも、親切な村の者達が「あれは完璧なセクハラですよ」と教えてくれてからはこうして頭を痛めている。
なまじこれが彼女からの好意の証であるが故に無碍にも出来ない。嫌ではないが許すことも出来ず、板挟みのような状況に陥っていた。
「ナマエちゃん ドルトンさんはもう昔と違ってこの国の王様なんだから、あまり気安くしては駄目じゃないの?」
買い物帰りのまりあさんがナマエにめっと指摘する。
それを言われるとナマエも少し考えてしまうからだ。ワポルが敷いていた独裁政治を知っているからこそ、"王"と言う存在がどんなモノであるかは充分分かっていた。しかし
「いえ、まりあさん。私は王と言っても民の為の王でありたい。なのでそう気遣って下さらずとも大丈夫ですよ」
「!」
そう言ってドルトンが許してしまうから、ナマエは顔を明るくさせて反省しないのだが 真面目で裏表のないドルトンは、その事実に気が付かない
「やっぱりドルトンさんのそう言うところが好きなんです! 好き!好き!ドルトンさん大好き!」
「お、おいナマエちゃん…!だ、抱きつくのは勘弁してくれないか」
「胸は揉んでもいいんですか!」
「駄目だとも!」
――う、うわあああ!
悲痛なドルトンの叫び声は、山高くに位置する城にまで届いた。
「ひーっひっひっひ」
とても楽しげな魔女の笑い声と、それ以上に楽しそうなナマエの笑い声とがサクラ王国に響くのだった。