▼ you make me happy
しかし新鮮だな。何がって、この若々しい顔のミホークの姿だ。
俺は高校の頃から今のような感じに体がゴツかったものだから、今のミホークのように"引き締まった体"……今風だと『細マッチョ』と言うのか? まあそんな様な体のつくりをしていなかった為に、今のミホークの姿を見ていると「ほほう」と思ってしまう。………違う。断じて変態ではない。ただ物珍しかっただけと言うか、レアな姿だと思っただけで、別にやましい意味や他意があってのことでは…。…って、俺は一体朝っぱらから何を言っている。こんな、ミホークの寝顔をしげしげと見て語ってる場合じゃないぞ。毎朝 朝練があるミホークを起こしに来る度にこんな暇なことを考えてるなんて知られたらどんな剣激がミホークから飛んで来るか…
「起きろ、ミホーク 起きるんだ。エースが部活に遅刻してちゃ、面目が立たないぞー」
「ん……、…」
シーツを掴み、未だぐずっているミホークの肩を揺すってもう一押し
路地裏での再会から同棲を始めて今日で2日目だが、相も変らぬ寝起きの悪さには笑ってしまう。低血圧と言うわけでもないくせに、ミホークの何がそうまでして起きることを嫌がらせるのか。俺は朝起きること事態は苦に思ったことはない。会社の同僚に言えば、「ありえねぇ。人間じゃない」とまで言われたぐらいだ。 そんなことはない。誰だって、大きな城と我がままで扱いにくい男と住んでいれば世話焼き人間になると思う。
「………」
「…やはり起きないな。 ここはアレか。よく漫画で見た、フライパンとお玉を持ってガンガン打ち鳴らすと言うアレを試す機会が…」
「……ナマエ」
「 おぉ、何だ起きたのか」
おはよう。 覚醒し切っていないミホークはコクリと頷いただけだ。俺の呟きを聞いてたわけでもないだろうに、いやに勘が良いと言うか。
ぼんやりとしている身体をバシっと叩く。「ほうら、顔を洗って来い。朝飯、出来てるぞ」「…分かった」 ノロノロと洗面所へ向かう背中を見ていると、いつかの光景が浮かんできた。変わらない背中にもやはり、笑みがこぼれてしまう。
よれているシーツを直していると、洗面所の方から声がかかった。「ナマエ、来てくれ」 なんだ?歯磨き粉でも無くなったか?と声をかけながら中を窺えば、ヘアワックスを持ったまま立ち竦むミホーク
「どうしたんだ?」
「大変なことを思い出した」
「な、何だよ」
「今日はいつもより早めに練習が始まる日だった」
「――はあ!?」
「10分には出ないと間に合わない」
「バカ野郎!そう言う大事なことは昨日の内に伝えとけ!」
「すまん」
「ああ謝ってる時間が惜しいぞ! ワックス貸せ!俺が髪の毛整えてやるからその間に飯をかき込め!」
食卓の前にミホークを座らせて俺はバタバタと櫛とワックスを持ってミホークの黒髪を いつものオールバックに整える。
背後の俺の忙しなさに気付いているだろうに悠長に飯を食うミホークをせっつかせながら、慌しい朝を迎えていた。
…やはりどうしても、こんな朝の風景が『楽しいもの』だと思ってしまう自分がいることは、否定出来ないな
・
・
・「定期は!?」
「持った」
「財布は!」
「ある」
「竹刀は!」
「ある」
「おおっし行って来い!」
今日びの高校生は社会人よりも早くに家を出るとは凄いな。
呑気な事を考える余裕がやっと出来た。靴を履いているミホークの背中を後ろから見ながらそんなことを思っていた。
やっぱり俺とミホークは、いつの時代に生まれ出会おうが、"こう言う関係性"なんだなと実感する。
それに対し不満があるわけではないが……まあ、複雑な男心とでも言っておこう。
「…じゃあ」
「ん?おう。いってらっしゃい」
「……、…」
「…? ミホーク? 早く出ない、と―――!?」
何 で 抱 き つ い て 来 た ん だ こ の 子 …!?
俺と比べて小さな身体のミホークの、俺の背中に回しきれていない腕がぎゅっと力を込める。
何をしてるんだ、こんな事してからかうもんじゃないし、時間がやばいだろ
言わないといけないことは沢山あるのだが、どれも言葉に出来ない俺が悪いのだろうか
「ミホーク…?どうしたんだ一体」
「…ナマエ」
「ん?」
「ありがとう」
俺の胸に押し付けていた顔をパッと上に上げたミホークの表情は、晴れやかそのものだ。
お礼を言われた。いや、言われてしまった、か?
とにかく今の俺にやれるのはこのミホークの身体を押し退けて、学校に送り出してやることで―――
「…こっちこそだな。また俺の前に来てくれて、ありがとう ミホーク」
「…ああ」
全く――朝っぱらから一体、俺たちは何やってるんだか
you make me happy
(あなたは私を幸せにする)