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▼ あいうえおのグラデーションが見えるかい


過去捏造 20代設定



ミホークは暑いのが嫌いだった。
ミホークとて人間で、いかに涼しい顔をしていたとしても汗は掻く。あの、衣服にへばりつく感覚が厭わしい。手汗で黒刀の柄を持ちにくくなると言うわけでもなかったが、多少は弊害もあるだろう。何故ならミホークはうんざりするほど暑いのが嫌いだ。温暖な気候帯に位置する島などに住む者達の気が知れない。嫌になるだろう、普通は。額から滲み出た玉粒のような汗が、頬を伝い顎へと流れた。不愉快になる。何の意味も成していない木陰から出て帰ろうかとも思ったがそれはしない。ジリジリとした日光に、陽炎立つこの夏島が、ミホークは大嫌いである。 だがしかし、ミホークにはこの島を訪れるにこれ以上の理由は要らないと言うぐらいに大切な"理由"があった。その"理由"の為なら、纏わりつく熱気も、流れ張り付く汗も、意識の外へと追いやれるのだ





「――よう 待たせたか、ミホーク」

「……存分に待たされたわ、莫迦め」

「悪い悪い どうしても露天商の娘が解放してくれなくてよ」

「…………斬る」

「おい俺は悪くないだろ!?」

「斬るのはその娘の方だ」

「ばか、やめろってミホーク」


嗚呼、ただでさえ暑くて苛々していると言うのに、この間抜け面をさらす男のせいで余計に腹が立ってきた。タオルの一つでも寄越すべきだろう。まったく気の利かない奴である――ナマエと言う男は。


年中常夏を維持している夏島生まれ夏島育ちのナマエはミホークと同じく剣の道を志す男だ。日焼けしている浅黒い肌や、ガッチリと均整の取れた体はミホークのような柔剛を兼ね備えた剣士ではなく、もっぱら剛を司る剣士としての風格を高めている。
"好敵手"と言う関係ではない。初めての打ち合いでミホークはナマエを負かしている。基本的に打ち負かした弱い相手には興味を持たずして去るのが常だったが、不思議と気が合ったナマエとは初めての出会いの後もこうして交流を続けていると言う稀有なケースだ。
本日も約束をしていた。根無し草のように各地の海を放浪して回るミホークに、ナマエが手紙を送った。『たまには会わないか?』と言う簡潔な一文だけの手紙だったが、それはミホークをナマエの許に来させる要素としては充分すぎる程の効力を持っていた。



「…それで、おれを呼びつけて何をしようと計画してる?」

「今日ばかりは剣のことは脇に置いて、パーッと美味いモンを食わねぇか?」

「………なに?」



射抜くようなミホークの視線を難なく受け止めたナマエはフフンと得意げに笑う。
「喜べ!島の者達に協力してもらって、とても美味い食糧を調達してあるんだぞ」
肉も、魚も、果実も、特上の酒も。すべてミホークの為に用意してみたんだ、とナマエは言う。


そのような事を、誰がしてほしいと頼んだ。ミホークはそう文句をつけようと思っていた。しかし、ナマエの最後の言葉を聞いてそんな台詞はいとも容易く霧散してしまった。



相変わらず妙な奴だ。どうしてこうまでしてくるのか。ミホークのような人間に恩を売ったって、返る見返りなどないのに。それとも、誰の者に対してもこう接するのか。分からない。 ミホークは、ミホークと向き合うナマエのことしか知らない。ナマエがどこで、誰と、どう過ごしているかを知らないのだ。出来ることならこの鈍く人畜無害な男を掌中に収めたくて仕方がない。 軟弱な奴め、と罵るのは簡単だが、この男を嫌うのは、とても難しい。嫌う為にはその者に対して無関心にならなくてはならない。 それが出来れば、ミホークは、こんな常夏の島になぞに足を運んだりしないのだ。



「……仕方ない」

「おっ!じゃあ」

「…今日、だけだ」

「ふっ、いつもお前はそう言ってるなミホーク じゃあ行こうぜ、俺の家で宴を開くぞ!」



――ああそれとな、ミホーク これで汗を拭いておけ。風邪引くぞ


投げ渡されたのは、まっさらなタオルだった