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▼ はじけとんだ


仮定は間違っていなかった。俺の正当性が正しく証明されたわけだが、どうしてかちっとも心が満たされてくれない。
目の前に広がるコンクリートの街並み。50デシベル以上の騒がしい音があちらこちらから聞こえる。歩行者天国の真ん中で呆然と突っ立ったままの俺たちを、煩わしげに横目で見ながら早足で擦れ違って行く人たち。流行に乗っかったような服装や、この暑い日にクールビズをしないサラリーマンのスーツ姿 間違いようもなく、俺が随分昔に住んでいた、"あっちの世界"だ。薄型の携帯……じゃない、何だろう皆が持ってるあの薄いのは。画面を直にタッチして操作してるぞ。ビルの上から飾られている広告パネルも、広告塔も、道路を走る車も、大半のものが俺がいたころより進んでいる。完全に浦島太郎状態じゃないか。

頭上の赤と青と黄の信号機がチカチカと点灯する。 そろそろ、動き出さないと  フラフラとした足取りだが動き出そうとした時、俺の右手を掴んだもう一人の男 俺と一緒に、こっちの世界へとやって来てしまった――いや、巻き込んでしまった男



「……迷子になりそうだってんなら、手でも繋ぐか?」
「ふざけた事抜かすな。 此処は何処じゃ マリンフォードは、白ひげ共は、麦わらの小僧は、火拳は、何処へ行った」
「いないよ ルフィも エースも 此処にはいないんだ  赤犬」
「なんじゃ、と…」



男――赤犬は脱力したように俺の腕を掴んでいた手を放した。


まったくおかしな話だ。俺が、赤犬と一緒にこうしてこの世界に立っているなんて、どう考えたってこんなのおかしい。


俺がマリンフォードへ向かった絶対的な目的 それは、エースの救出だ。
途中で合流した弟のルフィや、エースが世話になっていた白ひげ海賊団の奴らと結託して処刑台からエースを引き離した。死ぬ気で挑んだ戦いだったけど俺は死ななかったわけで、まあこれもまた運命かな、まだ俺は死ねないってことだよなって、隣を走るエースに言えば「バカ野郎が!!おれが、おれが無茶な戦い方して突っ込んでくるお前をどんな気持ちで見てたと思ってんだ!!」今の今まで繋がれていた男だとは思えないぐらいの力で後頭部を叩かれてたっけ。それから、どうしたんだ。ルフィも一緒になって3人で逃げていたら追いついてきたこの赤犬とエースが交戦し始めて、加勢しようとしたルフィが白い紙――おそらくあれはビブルカード――を落として、無防備にも拾おうと屈んだルフィに赤犬が迫って来た、それをエースが間に入ろうとして、それで、


俺は恐くなったんだった。


あのままじゃ、エースとルフィの二人が赤犬に殺されるって、そう考えたら怖かった。
馬鹿な話だ。あんなに死にたくて、死んで元にいた世界に戻りたくて、何度も何度もエースに止められて、その度に俺は生きて、この世界で一生を終えてしまう羽目になるんかなあって言うそれが怖かったのに、その時は独りになってしまうのを酷く恐れてた。

頼む、その二人を殺さないでくれ――!
胸中で叫んだ言葉を赤犬に聞かすことは出来なかったが、
俺の体は風のような速さで動いて赤犬のマグマと化した拳を自分の腹で受け止められたんだから上出来だろ。
真正面から赤犬と対峙したせいで、エースとルフィの姿を見ることが叶わなかった。多分、俺も即死だった筈だ。そこで意識が途絶えて、気が付いてみれば道路の真ん中で赤犬と一緒に立ち竦んでたってわけで



「…今頃あっちじゃ大騒ぎだろうな。赤犬が俺のオマケで消えたわけだし」
「……何故貴様はそう落ち着いとる」
「そりゃあ、生国だし」
「…………」



お前は、あの世界の人間じゃなかったってことか。 赤犬が言ったことは正しいけど、でも最近の俺は多分、限りなくあの世界の住人なような気はしてたんだけどなあ

目の前にいるこの赤犬は、俺を殺した張本人だが恨むわけにはいかない。何かの力が働いて巻き込んでしまった被害者だ。この場合俺が加害者か? でも赤犬はまだ自分の置かれている立場を深くは理解していないみたいだ。「どうやったら戻れる」って言って来ているし。そんなこと、俺が知るわけないでしょうが。なんせ俺が最初にエースたちのいる世界に行った時も赤ん坊のまま転生してからだ。だから



「死ねば、戻れるんじゃないか?」
「…! ふざけた答えは聞いとらんぞ!」
「ふざけてない。俺は心底真面目だぞ赤犬よぉ」


だがまず何よりも、このまま外に居続けているのはまずい。人目を引いて仕方がないんだ。赤犬なんてコスプレみたいな海軍コートを羽織ってるし、まず何より俺なんて服がところどころ裂けて貧乏人みたいな風体だ。
さっき自分のことを浦島太郎みたいだと称したけど、もしかして俺の家ってもう残ってなかったりするのか? いや、そもそも此処がどこだ。"トウキョウ"のどっか……ああもう、地図を探そう地図を



「……ま、つーわけで休戦協定結びましょうか赤犬さんやい。独りじゃ生き難いぞぉこの世界は」
「…………おまんは海賊じゃない言うたな」
「そうそう。俺は海賊じゃないよ」
「じゃあ何者じゃ」
「ただの死にたがりだ」



"死にたがり" そう口にしたら、何故かエースの顔が頭に浮かんだ。
泣きそうな表情のエースだった。口を大きく開けて、「うわああ、あああああ、あああああああああああああ」泣き叫んでる。エースの姿に、子どもの頃のあいつの姿が重なって見える。こっちも同じように泣いている。 エースが泣いているが、俺にはどうすることも出来ない











戦場は騒然となった。海賊も海兵も分け隔てなく同じような動揺が広がっている。
麦わらと火拳を追跡していた大将赤犬が一人の男の腹部を貫いたと思ったら、その男共々忽然と姿を消した。文字通り、パッと消えたのだ。そこに二人が居たと言う痕跡が残っていない。残りの大将や中将たちは直ぐに消息を追え!と命令しているようだが、追って見つかるようなことなのか。

エースの隣で呆然と膝立ちになっているルフィは「え?…え、え?」ナマエは?と延々その言葉だけを繰り返し呟いている。
その傍らにいて蹲ったまま肩を抑えているエースにも、弟のその問いかけに答えてやれる返答を持っていない。自分の方も、脳の処理が追いついていないのだ

ナマエは? おれとルフィを庇うように立ってた、あのバカは何処に行ったんだよ、


そう言えば、ナマエはずっと言ってなかったか


"「なぁエース、オレどうやったらアッチに帰れると思う?」"

"「もうオレこの世界やだ。帰りたい」"

"「死ねば、戻れるんかな」"

"「なあエース 俺死にたいよ」"


じゃあ何だ あいつは死んだって言うのか。死んで、あっちの世界とやらに帰ったとでも言うのかよ、



「ふざけんな!!!」



ふざけんなふざけんなふざけんな!おれは、ナマエが"死にたい"って言った回数と同じ回数"生きろ"って言ってきてたんだ!1の行動は100の言葉にも勝るって言うからおれは何回もあいつが死にたがってたのを止めて生きてほしいって伝えてきた。なのに、この仕打ちか。こんなのってないだろ。どうしてナマエはおれの言うことを聞いてくれないんだ?生きろって、生きてほしいって、おれの傍にずっと居てくれたもう一人の弟を護るのは兄貴の役目だって、偉そうに言い聞かせてきてたのにこんなのってありかよ。赤犬も一緒に消えた?そんなことはどうだって良いんだ。ナマエ、ナマエを返してくれよ、なあ!



「…ふざけ…っ、んなよぉ…!」



「……ぅ……、…っ」



エースの涙に釣られて、ルフィもボロボロと涙を流す。周りの人間は、その二人に声をかけられない。途中から戦争に混じってきたあの男がこの兄弟の何だったのか、どんな存在だったのか、他者には悟れない。

そしてマリンフォードの中央で、二人と同じように呆然とし持っていた武器を取り落とした赤犬の副官だった男からも涙が零れた。何故、どうして、あのお方がいらっしゃらないのだ。 自分はまだ、あの方に何もお伝え出来ていないのに、どうして







未だ涙が止まらないエースの口から呟かれた言葉は、ひどく幼い響きをしていた



「…い、やだよぉ…、ナマエ…っ!!」