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▼ 輝く君を、私たちは知っている


久しぶりにすれ違った孫は、少し疲れたような、険しい表情をしていた。

「どうしたんだい?最近あまり顔を見せに来ないじゃないか」

私が孫にからかい口調で話かけるのは常のことだったけれど

「悪い」

あの子が謝って来たのはこれが初めてで。
どうしたんだい、何か悩み事でもあるのかい、婆ちゃんに話してみな、と口を開くよりも早く、あの子は廊下を走って行ってしまった。








「何か知ってはおらんのか、モモンガ」

「…よもやおつる殿、それを訊ねる為だけにわたしを呼んだのであろうか」

「ちょうど休憩中だったのだから、別に良いだろう」


ガープ中将もなかなかに人使いが荒いことで有名だが、おつる殿も負けてはいまい。 モモンガは溜息を飲み込み、大人しくお茶と茶請けを頂いて、相談に乗ることにした。議題は、おつる殿の孫のナマエのことだ。


「ナマエが疲れているようだ、と?」

「そうだよ。あの子は才能のない努力家だけど、根性と体力はあるんだ。あまり何かをやって疲れる、なんてことにはならないんだよ」

「…ほう」


ナマエと師弟のような関係になってそれなりに年月は経つが、それは初耳のことだった。さすがに実婆ともなればよく見ていらっしゃる。しかしそれならば深刻味が増してくる。一体ナマエの身に何があったのだろうか。


「それをお前さんに探ってもらいたいのさ」

「…わたしがですかな?おつる殿の方が先に気付かれたのですし、適任だと思うのですが」

「甘いねモモンガは。あの子はもう私には素直に悩み事なんぞを打ち上けたりはしないのさ。そんな年頃は過ぎてしまったからね」


ふふふと笑って淹れた茶を口に運んだおつる殿は自分の目から見てもどこか寂しさを含んでいるように見えた。

本当にそうかな?と思ってしまう。
ナマエは、おつる殿が思っているよりも貴女のことが好きですぞ、と。だが…やはり身内に、しかも慕っている身内には打ち明けられない悩みの類いなのかも知れない。「引き受けましょう」「そうかい、すまないねモモンガ」何と言うことはない。他でもないナマエのことだ。師匠として、少しは"らしい"ところを示してやらなくては








「少し時間を貰ってもいいか、ナマエ」

「…!モ、モモンガさん…」


訓練室から出て来たところのナマエに声をかけると、すぐに顔が強張ったように見えた。なるほど、確かに言われてみるとナマエのこの反応はどうもおかしい。他の者であるならいざ知らず、モモンガ相手にまでそう堅くならずとも良いものを。

「こんな時間まで訓練とは熱心だな」

とりあえず褒めておいたが、ナマエは「…ええ」と余計に顔を暗くさせたような気がした。
…やはり自分には不向きの任務なような気がする…。モモンガは不安になりかけていた自分自身を叱咤し、これから話す時間はあるか?と訊ねた。


「…話す時間、ですか。今ここで済む話ではないんですか?」

「いや、まあ…たまには良いだろう。最近は顔を見る機会も少なかったのだからな」


するとナマエは「ああ…まあ…そうっすね…」と妙な相槌を返す。
やはり変に大人しいナマエになっている。一体どうしたんだ、とナマエの肩に手を置こうとしたところに、掛けてきた声があった。


「やあナマエ君ではないか」

「――…!」

「…? あなたは?」

「おやそちらは噂に名高いモモンガ中将殿ではありませんか。お初にお目にかかれまして至極光栄」

「はあ……」


ナマエの顔が強張ったのを察して、声をかけて来た男を強い眼で窺う。
本部の人間でないことは確かだ。見たことがない。とあれば海軍支部に在籍している男で、出で立ちを見るに准将位であるようだが、纏っている空気がどうにも胡散臭い。偉そう、と言うのだろうか、余程の野心家のようでどす黒いナニカを隠し切れていないような顔をしている。


「……うちのナマエと、面識でもお有りか?」

目を合わせよとしないナマエの様子に、ついそんなことを訊ねてしまった。
ギクリと動いたナマエの肩より、「ああ、いえね」と口火を切った男の方を注視してしまう。


「どうもこのお方はあの御意見番・つる殿のお孫さんだとお聞きしたものですから、"精進してどうぞお婆様に辱めを与えないような実力者になってくださいね"とお伝えしましたが」

「……!!」

「あ、お、おいナマエ!」


振り返りもせずにナマエは走り去って行ってしまった。

しかし何と無くだが一連の流れを察する事が出来た。
大方、この男は故意かまぐれか、ナマエの中にある"劣等感"を不躾に煽ってしまったのだ。
精進して、なんて改めてこんな小汚い男に言われずとも、既にナマエは人十倍努力をして実力をつけている男なのだ。それなのにナマエは"まだ足りない"と思いでもしたのかも知れない。おつる殿が気付いたナマエの疲れた表情の原因は、過剰な訓練量に因るものだ。


「……差し出がましい事だが、一言貴殿にお伝えしなくてはならない事がある」

「おや、何でしょう?本部に在籍しているモモンガ中将からお言葉を頂けるとは嬉しい事ですな。 いずれは私めもこの本部に異動し更に上の将校位を賜るのが目標でして今の内に私めを部下にと推して頂けるのであれば有難いお話なのですが…」

「貴殿は少々口が過ぎるようだ。今度此方へいらっしゃる時は、その汚い口を仕舞っておいて貰いたい」

「な…!?」

「…ではこれで失礼する。弟子を追わねばならぬのでな」



あの喧しい男が後ろで何事か捲し立てているようだったが、生憎ともう何も届いては来なかった。







ナマエは何処に行ってしまったんだろう。暫く本部内を回ってみたが見当たらない。よもや外か?と思い出てみると、同じように外に出て立っていたおつる殿と会う。


「おつる殿、何故ここに…」

「モモンガ、あそこを見てご覧」

「?」


視線の先を辿れば、海軍本部の中庭に生える巨木の太い木の枝の上に腰掛けているナマエの姿があった。背中を向けてはいて、どんな顔をしているのかは分からない。


「ナマエは…」

「分かってるよ。また私を引き合いに出されて参っているのだろう?」

「……当たりだ」

「まったく。一体どこの誰だいうちの可愛い孫に悩みの種を植え付けて来るような輩は」


先程廊下で会った男のことを伝えた。聞くとおつる殿は「ああ、あのいけす好かない目をした男か。今度からは出入り禁止にしてやろうかねえ」と珍しく理性的ではない冗談を吐いた。その顔は笑っているような、どこか困っているような、そんな表情をしている。


「…お前さんから声を掛けてあげておくれ」

「良いのか?」

「良いんだよ。…ほら、あの子もこっちに気がついたみたいだ」


確かにナマエは、振り返るような態勢のままこちらを見ていた。

譲られたのだから、お言葉に甘えて自分が行かせてもらおう。えへん、と無意味に咳払いなんぞをしてみる。優しい言葉を掛けてやれるだろうか、と心配になったが、多少言葉遣いがキツくてもナマエならば平気だろうかとも思う。


「ナマエ、降りて来い。話をしよう」

「…さっき言ってた、ここじゃ済まない話っすか?ここでなら良いんすか?」

「ああ。…まあ実を言えば何処でしようといいんだがな。師匠と出来る話し合いだぞ。もう少し喜ばんか」

「…話し合いって…どうせは説教になるんですよね?」


どうやらちゃんと分かってるじゃないか。


おつる殿が笑っている声がした。「な、なに笑ってんだよばーちゃん!!」拳を握り締め、真っ赤な顔で怒るナマエには、さっきまでにあったような暗い影は落ちていなかった。やれやれ、話し合いをする前に自分の中で何か解決案を見つけてしまうのがナマエらしいことだ。

時に酷く思いつめて無茶をやらかしてしまう凡人のナマエが常人とは違うところは、ここにある。
自分が今"ダメな方向"に向かってしまっていることを 自分の心配をするおつる殿やモモンガを経由して気付く。そして自分自身で自分を改めるのだ。

ナマエよりも長く生きてはいるが、モモンガがどう生きても一生手に入れることは出来ない美点を ナマエは生まれた時から既に持っているのだ。