30万企画小説 | ナノ
×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -


▼ 怪獣みたいねあなたの愛は


「兄ちゃん、どこ行くの」


小さい頃の俺の口癖だ。一歳しか違わないのにとても大人びていた兄の背中をずっと引っ付いて回った。兄はそんな俺を煩わしげにしてたっけ。「付いて来んな泣き虫」って言われて、言われた通り泣いてしまう俺を 本当に鬱陶しいモノを見る目で見て背中を向ける。でも置いていかれたくないから尚も「兄ちゃん、俺も連れてって」と泣きついて、それで困らせて、怒らせて、見かねたクロオビあんちゃんが「いいじゃないかアーロン 後ろを付いてかせるぐらい」って言ってくれるお陰でいつも最後には兄の後ろを歩かせてもらった。

年を取った今だからこそ気付けたことだが、あの頃の魚人島のスラム街ってのは治安がとても悪く、遊び半分で迷い込んでしまえば身包み剥がされ怪我をして帰って来るのが当たり前な場所だった。そんな場所に子どもなのにわざわざ出向いて、力試しをしていく兄が俺にはとても格好良く見えた。妹のシャーリーが「おにいさま、シャーリーとボールあそびしましょう」って誘われても、女の子がするような遊びは、男はやらないんだよって言って断った。多分シャーリーは寂しい思いをしただろう。二人の兄は自分のことが嫌いなんだ、って泣いていたこともあるらしいし。それを知っても兄は妹を気にかけなかった。腹違いの妹だから、みたいなことじゃないと思う。理由は俺には分からない。だけど、シャーリーとは違って、何だかんだ最後は俺のことを気にしてくれるのが嬉しくて、優越感に浸ってた









「兄貴、何処へ行くんだ?」



記憶の中の自分よりもずっと低い声で兄を呼び止める。魚人島にいた男の殆どは、フィッシャー・タイガーさんの下について俺も例外じゃない。船内の廊下を抜け、甲板へ上がろうとしていた兄を引き止めれば胡乱な目で見下ろされた。「…風に当たろうとしただけなんだがな?」ついて来るなよ、って目が言ってるけど俺は気付かないフリをする。「なら、俺も一緒していい?」苦虫を噛んだみたいな顔だ。でも渋々頷いてくれて、「…勝手にしろ」とだけ言ってそそくさと上に上がって行った兄の後を追う。俺は空気を読むスキルは身につけてないんだ。梯子に手をかけたところで背後から声がかかる。クロオビさんだ。



「なんだ、ナマエ 甲板へ行くのか?」
「ああ。兄貴が行くって言ったから」
「この辺りの夜風は体に毒だぞ。皮膚が渇ききらない内に戻って来るんだぞ」
「分かった」



ノコギリザメの種族である兄貴は平気だろうが、俺は違う種族の魚人だから風は体の毒だった。しょうがない。俺も、シャーリーも、アーロンの兄貴も、全員腹違いの兄弟だったから。そう言えば魚人島に残してきたシャーリーは元気にしているだろうか。月光に照らされながら船縁でぼんやりと佇んでいる兄貴の背中を見ながら考える。フィッシャー・タイガーさんに付いて行った兄貴に付いて、随分と魚人島から遠く離れた場所にまでやって来た。兄貴離れが出来ない俺の性格を 多分兄貴も知っている。当事者だから当然なのかも知れない。いい年齢になってもずっと背中をついて回る弟のことを 兄貴はどう思ってるんだろう。とてもじゃないが聞き出せない。嫌われているような気もするが、同族に対しては思いやりを持つ兄貴のことだから頭から嫌ってはいないのかも…。そう自分が思っていたいだけなのだが。



「兄貴、どうして夜風に当たろうと? 酒を飲みすぎたのか?」
「……ナマエ テメェの身体に風は毒だろうが。さっさと戻れ」
「兄貴が戻るんなら、俺も戻るよ」
「…鬱陶しい」
「そっか、ごめん」



少し心が痛い。だがまあ、しょぼくれる程じゃない。嫌がられるのも気にせずに兄貴の隣に肩を並べる。母方がシージラフの血が混じった魚人だった影響で俺の身長はとっくの昔に兄貴を抜かしていた。多分、まだまだ伸びる。シャーリーも成長期だったみたいで他の同年代の女の子達より身長が伸びていたし、兄貴も他の奴らに比べて体格はいい方だ。こう言う部分で兄弟の共通点があって嬉しくなる。でも多分、他の二人は何とも思ってやしないだろうけど。



「……見下ろしてんなよ、ナマエ」
「あ、ごめんな 兄貴」
「ったく、ただの木偶の棒じゃねぇか」



――それに謝ってくんじゃねーよ、惨めになんだろうが。
兄貴は身長差を気にしていた。大方、威厳とかプライドとかそう言う理由でだ。兄貴にでさえ"木偶の棒"と称されてしまう俺ほど身長が伸びたって仕方ない奴もいないだろう。
思わずごめんと口を開けば、また謝ってしまったせいで今度は小突かれた。指先まで鋭利に尖った兄貴の手に殴られれば殺すつもりはないにしても痛い。「……痛いよ兄貴」俺の非難の声を無視した兄貴は「中に戻んぞ」と言ってから踵を返す。あれ、もう?と思いつつもその背中を追った。

俺の能天気でおめでたい頭は、俺の身体を心配して言い出してくれたんだなと信じて疑わない。










「アーロン兄貴は、何処へ連れて行かれたんだ」



"インペルダウンに…" 教えて来た同族の肩を掴んで強く揺さぶる。どうして、誰に、強い口調で問い質せば兄貴は海軍中将・黄猿と交戦したらしかった。確かえげつない悪魔の実を食ったとか言う、 人間


「…………」



人間が、兄貴を



ナマエの顔が見る見る内に顔面蒼白へと変わって行く。傍に立っていたハチが気遣わしげに名前を呼んだが、ナマエの耳には届いていない。わなわなと震わす唇は、音にもならない音を零すばかりだ。しかし徐々に、その口が意味ある音を吐き出すようになる。



"人間め"



隣に立っていたクロオビの耳に聞こえてきたのは、それだけだった。



伝えるべきか否かを迷う。
一時的にタイヨウの海賊団の元を離れ、魚人島に戻っていたナマエに
タイガーの親分が人間に嵌められて殺されたことを ジンベエが七武海の勧誘を貰ったことを その諸々が原因でタイヨウの海賊団全体に亀裂が生じつつあることを

だがこれらを伝えたところでナマエを悩ます事態は変わらないかとも思う。

ナマエの大好きなアーロンは今、どっちみち此処にはいないのだから