▼ お父さんが一番だと言う
「我が社でのベイビーグッズ製品化の企画立案に向けてテメェも意見を出せジンベエ」
いやもう本当に勘弁してもらいたい。呼びつけられ、応接室に通され、お茶を出された時点で何だか嫌な予感がしていたジンベエは、予感が的中してしまったことに大きな体を可能な限り縮こませて頭を抱えた。
そもそも。
そもそも、忘れないで貰いたい事はジンベエはクロコダイルの会社の社員でも何でもない立場であると言うことだ。クロコダイルとは昔馴染み、知己と言う関係なだけであり、ジンベエ本人は空手道場を経営する師範代でありクロコダイルの会社に勤める身ではない。
そんなジンベエが何故こうして昼間から他人の会社の応接室に呼ばれ、社長から「意見を出せ」と言われなくてはならないのか。
問い質そうにも、今この目の前にいる友人は、酷く機嫌が悪いようだった。
「…色々言いたいことはあるんじゃが、これだけは言わせてくれクロコダイル」
「なんだ」
「お前さんの会社は人員派遣会社じゃろう。商品化なんぞして、どこで売るつもりじゃ」
ジンベエは正論を言った。
だが怒りを買った。
強烈な眼光がジンベエの顔を貫かんとばかりに突き刺さる。
「重要なのはそこじゃねぇだろうがジンベエ」と絶対に重要であることを脇に退けたクロコダイルは備え付けられていたガラステーブルをバン!と強く叩く。
「このままアイツに花を持たせたままでいる事はこのおれが我慢ならねぇんだよ!!」
なぜこんなにもクロコダイルが(いつにも増して)不機嫌なのか
それはライバル会社のボスであるドンキホーテ・ドフラミンゴから、
クロコダイルの妻であり先日無事に第一子を出産したナマエ宛てに出産祝いの贈り物が大量に届いたのが原因だった。
ガラガラ、木馬、積み木にボールなど遊び道具は元より、絵本、喋るぬいぐるみ、乗って遊べる車に生まれた子どもは女の子だからとままごとセットを何個も何個も送ってきたのだ。
ナマエからしてみればそれはとても嬉しいことだった。贈られて来た品はどれも質が良く、揃えて与えようと思えばそれなりに値段のする高価な子どもグッズの数々は、出が庶民であるナマエには手を出しにくいものばかりだったのだ。
それに面白くない顔をしたのは勿論夫のクロコダイルだ。
嫁が、他の男からの贈り物に対してあんなに喜んでいる姿を見るだけでも腹が立つと言うのに、その相手がライバル会社のドフラミンゴからと来た。
何かと他者の社長に対し嫌がらせのようなちょっかいをかけているドフラミンゴだったが、今回はクロコダイルにではなくナマエを対象にしたところがまた憎らしい。
しかしあんなに喜ぶ嫁の手前、「今すぐそれを全て破棄しろ」とも言えず、煮え湯を飲まされたクロコダイルが打った行動が前述のアレだった
「バロックワークスは確かに派遣会社だ。だがベイビー用品を作っちゃならねぇ決まりなんざねぇだろうが」
クロコダイルはすっかり開き直っている。
憎々しいドフラミンゴのせいで、家に帰っても、目に入れても痛くないぐらいに可愛い愛娘が与えられたそれらで遊んでいる光景を見て皺を深くするだけだと言う。
友人として出来ることなら力になってやりたいが、事がことなだけにジンベエはもっと進言するべきかと考えた。
「…クロコダイル お前さんの言いたいこと、思うところ、したい事は分かった。 じゃがな、これだけは言わせてくれ」
「何だ」
「これはワシの個人的な意見じゃ。どう思うかはお前さん次第じゃが、少しは考えてみて欲しい。………お前さんが今躍起になって赤ん坊の為のモノを作るのも良いことじゃろうが、しかしな、奥方殿はどうするんじゃ?」
「…ナマエ、は?」
クロコダイルは は、と目を見開く。 尚もジンベエは言葉を続けた。
「産後疲れが残っとる奥方殿を慰安旅行に連れて行く方が、余程奥方殿の為になると思うんじゃが、どうだ?」
「!」
そこでクロコダイルはちゃんと気付いたらしい。そうか、と溜息のような声を零した。
そうだ、どうかしていた、見返してやることばかり考えていて、ナマエを省みてやれていなかった、と。
己の失態を嘆いたクロコダイルは口をへの字に曲げたまま、「…すまねぇなジンベエ」と謝った。友人からの珍しい謝罪に、ジンベエはなんのなんのと答えた。
早速クロコダイルは行動に移るようだ。企画書の束をいとも容易く2つに破り捨てたクロコダイルは胸元のポケットから携帯を取り出し、自宅に電話をかけていた。
家にいたナマエが、すぐに電話口に出る。
『お父さん?』
聞き慣れないクロコダイルへの呼び名に、ジンベエは面食らった。
それはクロコダイルも同じようで、まだその呼び名に慣れていないらしい。顔が真っ赤だ。ナマエに見せられないのが残念である
『何か忘れ物ですか?』
「……いや ……今度の、休みに」
『? はい』
「…………、…」
『??』
りょ、こ、う! 旅行に行かんか、と伝えぃ!
ジンベエが小声で声援を送るがクロコダイルはやはり言いなれておらずどうしても淀んでしまう。
電話の向こうから、クロコダイルが何かを言いたがっているが言えないらしい、と言うことに勘良く気づいたナマエが、クスクスと笑いを堪えているような声が聞こえて来た