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▼ 漆 逸れぬ様に付いて追いで


捕虜や密航者たちを閉じ込めておく地下の船室で、ナマエはじっと大人しく窓の外の海中の様子をぼんやりと眺めていた。精神は昨日よりも落ち着いている。らしくない事、考えたこともなかった事に苛まれ、ついつい取り乱してしまって 隊長格の人間たちに取り押さえられると言う失態を見せてしまった。

自分があんなに簡単な女だったとは思わなかった。

別に、サッチと言う人間に恋をしたわけでも、ティーチと言う人間が特別嫌いだったわけでもない。ただ、サッチの方に関してはあながち間違いでもない。
サッチは、どこか亡くなったナマエの兄を思わせていた。
話し方も身振り手振りも、性格も。見た目はちっとも似ていないけど、数ヶ月ちょっとでナマエが気を許してしまうぐらいには馴染める顔立ちでもあった。


ティーチは殺していない。しかしティーチが逃走を計る為に用意していた小船と荷物は火を付けた後に海原へ向けて流しておいた。きっと今頃燃え尽きて海中に沈んでいるだろう。
きっとティーチは黙して何も語らないと思う。証拠に、と撮っておいた写真も、今思えばあれが一体なんの証拠になると言うのか。ナマエはおかしくなった。随分と冷静な判断を取れていなかったらしい。
海軍は不審がる筈だ。ナマエからの報告書が途絶えた、と。どう思うかな。死んだか、廃人にされたか、逃げ出したかのどれかに思われるだろうか。ガープさんはどう思ってくれるのかな、と考えていたところで、船室のドアが開いた。入って来たのはムッスリとした顔つきのサッチ一人だけだった。



「……誰も何も口開かねぇ」


ティーチも、ナマエも。 船の檻の前にどっかりと座り込んだサッチは拗ねていた。おそらくサッチ自身がこの出来事の中心にいる人物なのに、周りにいる奴らが話さないから訳が分からず置いていかれている、と。


嗚呼やはりティーチは何も喋らないか。なら自分が言うべきなのだろうが、それもどうも難しい。どうやって伝えればいいと言うのか。あなたの悪魔の実をあなたを殺して奪い取ろうとした輩がいたので懲らしめておきました、って?何でそんなことをナマエがやるんだと言われたら終わりだ。ナマエにはその返答に対して答えられる言葉を持っていない。 いや、持っているのだろうが、それを上手く口にする仕方が分からない



「…おいナマエ 何か言おうぜ」

「………」

「理由があってこんなことしたんだろ? ティーチは前から確かに野心が強くていまいち団体行動が出来なかった奴だったけど、おれの親友なんだ。それなりの、何かがあったんだろ?そうだよな?」


あくまでも何か理由があったからナマエが凶暴に及んだのだとサッチは言い続けている。ナマエが理由もなく人を傷つけたりする人間ではないと、サッチは判断を下しているのだ。


答えようか迷って、ナマエは思い留まる。 ならば、と言い掛けていた言葉とは別の言葉を口にした。



「サッチさん 私、一人で洗濯が出来るようになったんですよ」

「…ここの場面で言うことか? でもやるじゃねぇかナマエ 三ヶ月前に"わたし洗濯やったことありませ〜ん"て言われた時には目ぇ剥きそうになったぜおれは」

「練習したんです。サッチさんに言われたお洗濯の基本情報を復習して……私、誰かの言葉を思い返すなんてことしたのあんまりなくって」

「ほー?ちょっと嬉しいじゃねぇか、それ」

「わたし、サッチさんの服を洗ってあげられるようになりたいって思ってました」

「……え、お、おれの?」

「はい。顔が浮かびました。サッチさんの顔です。私、初めてなんですよ。誰かの顔が浮かんで、何かの、邪魔をされるなんてことは」


ナマエは俯けていた顔を上げて、サッチを見る



「ねえサッチさん 誰かの顔が浮かんで、その誰かの為に何か自分に出来ることをやってあげたい、誰かが笑って生きてくれるのなら何でもやりたい、こんな気持ちは、何と言うのでしょうか」




モビー・ディック号が大きく揺れた。でかい荒波が前方に立ち塞がったのだ。
それをモビー・ディック号は越えて行く。

船体を揺らしながら、大勢の船員と、ティーチと、サッチと、ナマエを乗せたまま。