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▼ さあ幸福よ始まれ


航海を始めるにあたり、何を置いてもやはり船と仲間が必要だった。
故郷の島を弟に見送られながら出航したあの日から時はほんの少し経ち、
小さいながらもそこそこの船を手に入れ、自分のことを「船長」と呼んでくれる心強い仲間も出来た。順風満帆な滑り出し…とは正にこの事だろう。


男は何の気なしに島の本屋へ立ち寄った。あえて言うならこの町の見取り図でも入手しようかと考えてはいたかも知れない。此処は「始まりの町」 そして「終わりの町」 その由来はあえて口にすることでもない。町のあちこちには一般人に混じって柄の悪い、海賊然とした男たちの姿が見える。そこそこの品揃えを有している本屋の外硝子に反射しているそれを見て、男はにやりと笑った。今は別行動中の仲間たちが彼を見れば、「船長、なんつー悪い顔してんだよ」と茶化したかも知れない。


店先には海で名を売る海賊たちの手配書がまるで特売サービスだと言わんばかりに束で売られていた。懸賞金額は様々で、その中の一枚に男の手配書もあり、男は笑った。こんなのを買う人間がいるのなら、それがどんな者か見てみたいし、その瞬間を見て見たいものだ。



そう考えていた男の目の前を「失礼する」の言葉と共に一本の腕が横切った。落ち着いた大人の男の声だ。「おっと、」わずかに身体を後ろに反らす。眼前を横切っていく男の腕が手に取ったのは、新聞だ。手配書じゃなかった



「視界を遮って申し訳ない」

「や、気にすんな…じゃなくて、気にしねーで下さいませ」


男の妙にたどたどしい敬語に、新聞を手に取った男性は可笑しそうに笑った。
また誰かに笑われた。そんなに自分の使う敬語は間違ってるのか?と男は首を捻る。おかしい。マキノに教わったことは完璧に覚えた筈なのに。


「……この島には、観光に?」


問うて来た男性は目を細めてそう言った。真正面からよく見てみると、男性は30代後半か、40そこそこの年齢のように見える。暗い、目立たない色の外套を羽織り、腰にはナイフやポーチや旅の必需品が提げられている。旅人だろうか? 男は疑問に思ったが、それよりも前に男性に訊かれた言葉に返答する。 観光ではない、と。



「なんだ、違うんだね。 ローグタウンに観光目的ではないと言うことは……海賊かな?もしかして」

「もしかしておれ、海賊に見えねーか?」



思わず不貞腐れた感じになってしまった。まだ海賊としての凄みやオーラはないにしても、"もしかして"と言われてしまうほどでは情けない。
男性はすぐに手を振って謝って来た。「ああ、ごめんよ。俺の審美眼が曇ってるだけだったようだ」謝り方が大人の余裕に溢れていた。気にしてない、と伝えれば、それは良かった。と返ってくる。


「妙な世間話を振ってしまってごめんな。 ――じゃあ、俺はこれで」


手にした新聞を 店の中にいた店主に渡し、代金と引き換えに買い取って行く。男の脇を暗い外套を翻して去って行く。
変な男だったな。その時は、それぐらいの感想しか浮かばなかった。







買出しを済ませた仲間たちは他に見るべき物もないと判断したのか、早々に船へと引き上げて行った。
何でも此処、ローグタウンにはおっかない海兵がいるとも聞くし、あまり自分も長居はしていられない。
だがそれでも、一箇所だけどうしても見てみたかった場所があった。
購入した地図を新たに仕舞ったバッグを肩に担ぎ、スタスタと迷いない足取りで道を突き進む。


――町の中央、開けた広場の真ん中に、不自然に、かつ大きく聳え立っている断頭台

――あれが、



ゴール・D・ロジャーが死んだ場所――



故郷の島を出た時、ほんの少しばかり脳裏にあった光景だ。見るつもりはなかったが見てみたかった。そんな矛盾を抱えて此処まで航海し、そしていざ目の当たりにしてみても、然したる感情は浮かばない。そうか、と言う、それだけの気持ちだ。
町の住民たちは見慣れているんだろう、見向きもしていない。時折珍しそうに見上げている者達は自分と同じように海賊か、"観光者"なのだろう。

ふと、男の視界の隅に映ったものに意識を持って行かれた。
少し前に見た、暗い外套が見えたのだ。
ちゃんと捉えてみると、やはり先ほどの男性。他の観光者達とは違い、やけに険しい――それでいて少し寂しそうな――表情で断頭台を一心に見つめている。
その姿に、好奇心が湧いた。さっきのさっきだが、声をかけても咎めて来はしないだろう、と。



「よう おっさん、また会ったな!」

「! ――ああ、さっきの。どうも」

「なんだ おっさん、観光だったんじゃねぇか」


ニシシと笑いからかった男の言葉に、男性は「はは…観光、か…。まあ確かに、そうなのかもな」と頭を掻いた。黒い目はそれでも尚、広場の断頭台から外れない。



「…何となく、もう一度来たかっただけなんだ」

「…え?」



今の呟きは、独り言だったのだろう。それぐらい小さな声で呟いた男性は、やはりどこか寂寥を思わせるような目をしている。 まるで、かつてあの上に立ち、一つの時代の幕開けを起こした当事者のことを想い偲んでいるような――

余程凝視していたのだろう。男の視線を受け止めていた男性は、はたと我に返り照れたようにまた手を振った。そんなに見ないでくれ、と恥ずかしそうだ。



「…君は海賊だと言っていたな」

「ああ」

「じゃあ、これから"偉大なる航路"入りを果たす、新米クンと言うところか」

「……そうなる、の、か? 何かヤな肩書きだな」

「なに、そうむくれる事は無い。偉大なる航路に入れば、実力のある者は否が応にも名は売れて行くものだ」

「? おっさん、海賊なのか?」

「…………昔、ある人の船に乗っていた。それだけだ。大した活躍はしていなかったぞ」



もしかして、その"ある人"って――



「だがまるで成っていないな」

「――は? え、おれ?なってない?」

「ああ。見たところ軽装過ぎる。ちゃんと服は着たまえ。偉大なる航路の気候は、刻一刻と変化するんだぞ。 …それに、もしかして記録指針も持っていないんじゃないか?」

「ろぐぽーす??」



「呆れた…」男性はやれやれと溜息を吐き、これだ、と自身の左の手首を持ち上げて指差した。それが記録指針、男が物珍しげにそれを見ていると、男性はそれの説明までしてくれた。話を聞いて男が分かったことは、とにかくそれが"大切なもの"であり、"なくてはならないもの"であることだ



「…ちゃんと分かって貰えたのか不安なのだが」

「分かった!分かったって! なあそれ、何処で手に入るんだ?誰かから貰うもんなのか?」

「………分かった。なら、俺の記録指針を君に譲ろうじゃないか」

「えっ!? いいのかおっさん!」

「ああ。此処で君のような海賊に会ったのも、何かの縁だろう。それに――」

「?」



手首に付けられていた記録指針のベルトを緩めながら、男性はまた断頭台へと目を向けた。頭一つ分、男より身長のある男性の目は今は窺えないが



「――俺の大切だった人と、同じ髪色と眼と笑い方をしている」



緩く左手を取られる。何もつけていなかったそこに、やけにキッチリとした力で締められた記録指針が加わった。
「壊さないよう、気をつけてくれ」最後にそう言って締めくくった男性の顔は、何故だかとても晴れやかな顔だ。
譲り受けたばかりの記録指針を覗き込む。「きれいだなあ、これ」と言えば、「宝の持ち腐れにしないように」と釘を刺された。



「それじゃあ、今度こそお別れだ少年 ――良い出会いだったよ」

「おれもだ!コレ、ありがとうなおっさん! 大切にする!」

「ああ、是非そうしてくれ。 …そうだ、一応名前を訊いてもいいか?いつかどこかで、君の活躍を知りたいからな」

「へへ、そうか? おれは "ポートガス・D・エース" エースだ!」




"エース"

ヒュッと男が息を飲み込むような音がして、見開かれた目と目が合った。

「…そうか、エース、 ポートガス、エース…」
「な、なんだよ」
「…いや、とても、良い名前だ」


嘘偽りのない言葉だろう。男性は男に……エースに笑いかける


「…俺はナマエだ ――よい航海を、ポートガス・D・エース」


ナマエ――その名前は、ちゃんと覚えておこう。
出来るならまた何処かで、この男に、ナマエに会いたいと思った。








エースは仲間たちのいる船へと帰って行った。ナマエは手を振り見送る。その顔には充足感で満ちていた。
とんでもない者に会えてしまった。なんと言う日であろう、今日は

別行動を取っていた同伴者がナマエの姿を見つけて駆け寄ってくる。
「ナマエ、此処にいたのか。…?どうした?やけに嬉しそうな顔してるじゃねぇか、おい」
それがな、聞いてくれよお前。 珍しく声を明るくさせるナマエの話を聞こうじゃないか