▼ 君はずるいね
どこかで誰かが誰かを「なあ おれと一緒に海賊やらねぇか?」と誘ったように
どこかで誰かが誰かを「お前、おれの船に来いよ」と誘ったように
ここにいる誰かも誰かを「おれと一緒に海に行かねぇか?」と誘ったのだ
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「晩御飯の仕度しないとだから」
麦わら帽子を被った赤い髪――シャンクスからの誘いを断った時のナマエの第一声がそれだった。腕一杯に抱えられた紙袋の中身は色とりどりの野菜、瑞々しい魚介類、脂身の乗った肉 ナマエはその島一番のコックだった。ただ、ナマエのいたその島は小さな孤島だったから実際の腕前がどの程度だったのかは分からない。だが島の者達は口を揃えて「あいつの飯は世界一だよ」と褒めた。実際、シャンクスがナマエを引き入れようとしたのは、島の食堂で食った飯がとてつもなく美味かったからである。人格はその次に、とも考えていた。
「海に出るのが嫌なのか?」
「だって物騒じゃないか」
これはナマエとシャンクスが出会った頃の昔話だ。ロジャーの海賊団から独立したシャンクスが自身の海賊船を持とうと奮起していた時のことで、まだ海は今よりも荒れていた。大海賊が残した財宝を手に入れようと各地の男や女たちが集って海に出た。シャンクスはワクワクしていたが、ナマエは怯えていた。
「コックを探してんなら他所を当たってくれな。じゃあ」
「大丈夫だって!怖いことなんてありっこねぇよ。もし万が一、や、億が一あったとしても おれが護ってやっから!」
「…諦めの悪いお客人だねぇ。護るったって君…、本当にそんな自信があるのかい?」
「ある!」
どこにそんな根拠が…。 ナマエはちっとも諦める素振りを見せないシャンクスに対して溜息を吐いた。先ほども申したように、もう店仕舞いをしてこれから自分は夜食を作りたいのだ。だがこの赤髪は諦めない。それどころかカウンターに置いていたナマエの手をギュっと掴み懇願し始めた。
「なあ頼むって!お前みたいな美味い飯作ってくれるコックは船に必要不可欠なんだよ!な!」
「いや、何が な!なのだかさっぱり…」
「な!」
「話を聞い…」
「美味い食材とかあるかもしれねぇし!」
「それはまあ興味が…」
「お前が作った味噌汁が毎日飲みてぇし!」
「どこのプロポーズで…」
「だから、な!!」
「話を聞けぃ」
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あれ? 思い返してみると、どうして俺はシャンクスに着いて行くことに決めたのだったか明確な理由が存在してなかったぞ?
伸びた爪を切っている時間に、思考は過去に飛んでいた。思い出していたのはうちの船長と出会ったあの日のこと。えらく強引に押し切られ、首を縦に振ったような気はするが
「ナマエ おかわりー!」
「ナマエ、こっち酒追加だ」
「ナマエー!!ヤソップの野郎がおれの肉取って食いやがったんだけどー!!」
「違うぞナマエ!先にシャンクスがおれのソテー取りやがったから!」
「シャラップ」
紙の上に落としていた爪をフゥっと食卓を囲んでいる輪の中に吹きかける。「ぎゃー!!」だの「おれの皿に乗ったー!」と言う阿鼻叫喚に包まれた。料理を大切にする料理人としては有るまじき行動だが、こいつ等にはこれぐらいやっても何の痛手でもないことを知っている。 ほら見ろ、取り除いてから気を取り直して食い始めた。
「で、ベック 真偽の程はどっちだい?」
「シャンクスが先だ」
「ヤソップ待ってな。すぐに追加をこしらえてやろう」
「ナマエー!さーんきゅ!んーま!んーまっ!」
「投げキッスをするな妻子持ちめ」
外していたエプロンを再度腰に括りつける。
その腰にドン!と勢いよく片腕が飛びついて来た。まったく、尋常じゃない力である
「…自業自得だろうシャンクス 泣かないでくれ」
「だって今日手に入れてきた酒があんまりにもナマエの料理と合うから!あれは不可避な誘惑だっただろー!」
「……知らないよ、まったく」
グスグスと鼻水まで垂らしながらガチ泣きしているシャンクスの頭にゴチンと一枚の皿を乗せた。「?」ナマエの腰に回していた手を放したシャンクスがソレを受け取ると、その顔はパァっと花開く
「…ちゃんとヤソップと分け合うんだぞ」
「よっしゃー!!」
甘やかしている。そんなことは重々承知の上だ。また甘やかして…と言うようなベックマンからの視線に苦笑で返す。
だって、うちの船長が悪いと思う。たった一皿の料理であんなにも喜んでくれるものだから、ついつい許してしまうのだ。
「……俺が悪いと思うか?ベック」
「さあな 先に惚れたヤツの負けなんじゃないか?」
なるほど 確かにそれなら、俺の負けだ