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▼ 10年後に笑い話になることを望む




"おれはどこかで間違えたんだろうか"

真面目な顔で猛省したんだなと感心したのがつい昨日の話だ。遂に自分のやって来たことの愚かさと、相手の迷惑に気が付いたのかとサッチは本気でマルコを見直していた。だがそれは、サッチのとんだ勘違いだったらしい。些かうんざりした顔でサッチは賑やかなモビー・ディックの甲板の二人を見張り台から見下ろした。今日も実妹を目で追うことに忙しくしていたナマエの後ろで、マルコが懸命に何事かを話しかけている。マルコは、全く懲りていないわけではなかった。いつもより、気持ち半歩後ろに立っている。サッチから聞かされた「お前、ナマエから嫌われてんぞ」と言う宣告は、しっかりと彼の身に沁みてくれていたようだ。







「……なんだよ、マルコ」

「い、いい酒が手に入ったんだ!一緒に飲まねぇかよいナマエ!」

「いえ、結構っす」


ピシャリ 自覚してみるとよく分かる。確かにマルコは、ナマエから嫌われていた。と言うか生理的に嫌がられている。
険しく寄せられた眉間の皺と、への字に曲げられた口が、マルコをどっか別のところへ追いやろうと必死なようだ。 ――なぜだ、なんてもうマルコは思わない。


「な、なら一緒に釣りでも…」

「…俺、釣り苦手なんで…」

「う…」




マルコは余りにも恋に対して猪突猛進過ぎた。妹へと向けられているナマエの愛が、いつ自分以外の他の奴に向いてしまうかが心配で焦っていた。その自覚はあった。あったのだ。だから随分と強引に気持ちを伝えようと画策していたが全て無駄、水の泡 思い人当人に嫌われている、だなんて思いもしなかった自分が悪い。甘えていたのだ。白ひげ海賊団に住む同じ同志として、嫌悪される筈がないと言うことに。妹はナマエに愛されていた。それが羨ましくて羨ましくて、マルコの胸の内では、自らの青い炎とは違う、もっとどす黒い色をした炎が燻っていた。とても浅ましいと思った。 だが、そうなってしまうぐらい、ナマエが好きなのだ。 好きなところなんて、挙げればきっと キリがないのに






「………おいマルコ」

「!? ――え、な、なん、だ」

「いや……なんか、暗ェ顔したから、どしたんかと思っただけだ」


腹でも痛いのか? 具合とか悪いんなら医務室行けよ?


――嗚呼 そう言うところだ 
ナマエのそう言うところが、マルコが好ましく思う部分なのだ
妹以外の他人に対してぶっきら棒に、嫌われても良いと開き直るぐらい清清しく毒を吐いて拒絶するくせに、周りの者達への気遣いは人一倍に備わっている素直でないこの男のことが、マルコは大好きだった 怪我も傷も痛みも、全てを治癒する能力を持ったマルコのことをいつもいの一番に心配してくれる男だ
「マルコ、腕とか撃たれてたよな?ちゃんと後で船医に診てもらえよ」あ、ナマエに診てもらうのは駄目だからな覚えとけよこの野郎―― 
マルコが思うに、きっとこの兄妹は他人の怪我や傷に対して誰よりも敏感に反応する優しい性格の持ち主たちなのだ。だから妹はナースの道を志し、ナマエはクルー達の一番身近な場所からそれを心配する。そのナマエからの心配が、マルコには心地好く感じられた。だからマルコはナマエが好きだ。


好意とはいつもきっかけの後に生まれてくるものなのに、いつの間にか何よりも大きく肥大してるから厄介で



「…大丈、夫」

「嘘言ってんじゃねーだろうな。なんか顔赤ェけど…」

「…本当に大丈夫だよい、ナマエ」

「…あっそう」



顔を赤らめたマルコを怪訝に窺うナマエは半歩マルコから後ずさった。嫌な予感がしているらしい。空いた距離を埋めるように、にっこりと笑ったマルコが半歩近付く。「!?」いよいよナマエは顔を歪めた。さっきまでのしおらしいマルコでなくなったことに気が付いたようだ。以前の悪夢が脳裏に蘇ったのか、顔色がどんどん青褪めて行っている。そのナマエの顔を見ていると、マルコはだんだん気分が高揚していくのを感じた。もうがっつくような真似はしないと決めたが、やはりどうも上手くいかない



「ナマエ」

「……な、なんだよ」

「もう襲えっては言ったりしねーよい」

「お……お、おう…?」

「だから今度、近くの島に到着したら一緒に買出し行こうよい」

「――んなっ!? お、お前とか? 二人で!?」

「勿論 妹の同伴は許さねーからな。二人でだい」




――やっぱりこいつ なんかおかしい!!

その日の晩、やはりサッチの元に今日のマルコについて相談しに駆け込んで来たナマエの話を聞いたサッチは、もうほんとなんなのこいつら、と溜息を吐きたくなった。


誰かに好かれる筈がないと思っている男のことを好きになった男の話なんて、
どんなモノ好きでも避けて通りたくなる話じゃないか