▼ もうどうでにでもなれ
昔読んだ漫画で、確か似たような状況に陥ってしまった主人公がいたことを思い出した。
あれはもう何十年も前の漫画だ。なのにその設定が全く遜色なく読めて楽しめるのは、それが"非現実的"なことだからだ。だと言うのにそれと全く同じ状況が、自分の身にも降りかかったとしてみろ。楽しめる、どころか、事態は間違いなく最悪ではないか?
「………………」
「…おかしいな。今朝方までは男だった筈なのだが」
「………………」
「幼児化、と来た次に女性になるとは思いもよらなかった」
「……、………」
「はははははは」
「はははは、じゃねぇだろうがナマエ!!」
「すまない」
どうしてナマエの身にばっかり!どうなってやがんだこの海は!うちでも管轄外なことばっかり起きやがって!なんっつー悪趣味な真似ばっかしてくれやがるんだ!この一連の出来事には本当に害意はねぇんだろうな!後々になってナマエの身に副作用でも起こってみろぜってぇ許さねえ!
ローは不機嫌と怒りを隠しもせず周りに向かって辺り散らしている。専らその怒りの所業の餌食となっているクルーの皆が「ぎゃあああああ!」だとか「痛い!キャプテン痛いっす!!!」と叫んでいるが、助けてやろうにも助けられない。現在の自分はこうして大人しくベッドに座っているよう申し渡されているのだ。
夢から覚めたとき自分の体が女性のものになっていた。何を言っているかは分からないと思うが俺もまだ信じれていない。
しかしよく考えてみてほしい。俺は今、39歳だ。もうすぐ40になる男だ。体だって貧弱ではない。それなりにガタイも良いと自負している。その俺の体に、女性の胸などと言う部位が追加されていたりしてみろ。グロテスク以外の何者でもないと思わないか。
至極客観的に自分の体の感想を述べてみろと言われれば俺はそう答える。全く不可思議なことにばかり見舞われてきた自分とこのハートの船だが、ここまでメリットも何もないようなケースが起きるとは想定さえしていなかったぞ。
もしこれが自分などではなく、まだ年も若くそれなりに細身であるローがなってしまえば……多少は俺への"ご褒美"になったやも知れないのに。とても残念だ
…と言うやましい(?)ことを考えていたせいか、思い切りローに睨まれていた。すまない
「……おい どうしてナマエはそんなに呑気なんだよ」
「いや…どうせこの状態もまた元に戻るんだろうと思っているからな」
「…っ、今回は元に戻らないかも、ってのも考えとけ!バカ!」
怒られてしまった。 確かにそれもそうだ。何度も幸運に見舞われる保証がないのは自分もよく知っていること。ローの怒りは尤もだ。ここは素直に反省しておこう。
「……あー、あの、ナマエさん」
「ん? 何だいバンダナ君」
それまで船室の壁際に避難し、ローからの八当たりに怯えていたバンダナ君がおずおずと前に進み出て来た。
「その…こんな事言うのもアレなんじゃないか、って思ってるんすけど」
「うん?」
「その胸、本物なんすか?」
「おいバカ…っ」他のクルーの者達から上がった焦った声
その質問に少し挙動が静止してしまったが、何でもない風を装い答えた。「ああ、恐らく本物だと思うよ」弾力もあるし。と答えれば、腕を組んだローから触ったのかよ…と言う呆れた声が聞こえた。
「はあ…本物、なんすね…」
「…バンダナ君? なんだ?」
「触ってみてもいいっだあああああああああああああああ!!!」
凄い。バンダナ君の体が直立姿勢のまま、横に吹き飛んで行った。
「……おい お前らもあんな目に遭いたくなかったら、ふざけた事は口にしねぇ方が身の為だぜ」
『あ、アイアイ!』
……とまあ、このようにローが自分よりも熱心に立ち回ってくれるので、俺はこのまま大人しく事が終わるのを待っていることにしよう