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「#幼馴染」のBL小説を読む
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▼ ぼくはきみより何百倍も


俺には理由が全く分からないが、キッドは俺と離れたがらない奴なのだ。
小学校までなら微笑ましい話になっただろう。性格が絶対に合致しない二人だと親兄弟先生から言われていた俺とキッドだがそこそこに仲が良かった。フラフラとあっちこっち動き回る自由奔放な俺を後ろからキッドが「待てこらナマエ!」と怒りつつ追いかけて来るのが常で、「キッド君てナマエ君のお兄ちゃんみたい」とは四年生の時に隣の席になったユキちゃんの言葉だ。

中学校になってからは少し考えるようになった。
キッド以外の友人が出来ない、と気付いたのもこの頃だ。同時に自分の人付き合いの下手くそさを自覚したのもこの年で、思春期らしく「どうしよう」と四六時中悩んだものだ。
たまに八当たりもした。喧嘩のような八当たりだ。
俺に友人が出来ないのはキッドがいるからだと。勢い任せに言った後で後悔した。キッドが、怒らなかったのだ。殴られるか、と心配したがそんなことはなく、ただキッドは黙って、呆然としたように俺を見てるだけだ。
俺は「あ、キッドが泣いてしまう」と気付いて慌てて謝った。使える限りの言葉を用いて、出来る限りの力でキッドを抱きしめて、ようやくキッドが腕の中で頷いてくれた時には心底ホッとしたものだ。それからだ。俺の中で友人を作ると言う作業を「どうでもいいもの」だと認識し始めたのは。
それは諦めのようで、達観したかのようで、その実は青臭いかも知れないが「キッドがいてくれたらいい」と言うのが一番の気持ちだった。
それをキッドに告げることはなかったが、中学校時代も変わらずキッドは俺から距離を置こうとはしなかったのをいい事に俺は甘えることにした。全く見た目と内面のギャップが激しい奴なのだ。友人としても、普通にキッドが誇らしい。何だかんだ言ってカリスマ性のあるキッドは先輩後輩同学年問わず友人が多かった。そんなキッドが俺を第一に優先してくれる、と言うのは存外気持ちの良いものだった。優越感、と言うのをこの時初めて実感した。

きっととんでもない転機が起こるまではずっと変わらない関係をキッドと続けて行くんじゃなかろうか、と考えていたのが高校に入って最初の4月
そして5月になって別のクラスの存在にも意識が向くようになって、"トラファルガー・ロー"を見つけて、それからキッドの様子がおかしくなり出して、不安を感じ始めて今に至る



「キッド どうして最近、笑わなくなったんだ」
「………あ? テメェには関係ねぇだろ」
「ほら、その言い方だ 俺の目の前でそんなカオをされては気にかかってしまうだろう」
「……」
「何がそんなに不満なんだキッド この間は俺の身体を再起不能にしたいと言うような発言をしていたし……」



俺の言葉にキッドは真っ赤な毛髪を豪快に掻き毟り「あ゛ー!!」と大声を発した。キッドがイライラしているのは分かる。そう言う面でキッドは分かりやすい、が、理由が分からない。それは俺が鈍感だからなのか、キッドがあらゆるモノにイライラするせいなのかは生憎と判別が付かない。
ただ俺に出来ることがあるなら全部やって、キッドの機嫌を治したい。それだけしか今の俺にはないのだ。
しかしキッドは俺に何も話そうとしないし、まるで何かを嫌がるかのように俺を見る。不思議だ。キッドのそんな目で、今まで見られたことがなかったから。当然 当惑する。

だがここで、俺の脳裏に「よもや」が浮かび上がる。
出来るなら口にしたくはないし、考えたくもないことだが確かめなければならない。



「……俺のことが、嫌いにでもなったか」



自分でも驚く程空虚な声が出た。だがもっと驚いたのは「ンなワケあるか!!」とキッドが怒鳴って来たことだ。髪と同じ色をしているキッドの真っ赤な目がギン、と俺を睨みつける。嫌われてはいないようだが、まるで憎々しい者を見るかのような目で見られていることに矛盾を感じた。

むしゃくしゃする、そう言ったキッドは再度髪をかき回し、額を打ち付けるような格好で机の上に顔を沈める。キッドの表情が分からなくなった。起こそうとしたが起きてはくれない。
何をするでもないが、とりあえずキッドの頭を撫でてみる。見た目の毒々しさとは裏腹に俺の手にピッタリ吸い付くような柔らかいキッドの髪の毛は撫でていると気持ちが良い
キッドも少し身じろいだだけで手を振り払うことはなかった。
静かな、妙な空気が俺とキッドがいる空間にだけ流れている。他の皆は昼休みの真っ只中だと言うのに。まるで世界がここだけ切り取られているみたいだ



「……、…? …っ!」


ふと、キッドの頭を撫でながら、視線だけを廊下の外に移した。なんとなくだ。特に理由があったわけでも騒ぎがあったのでもない。ただなんとなく移した視線の先、廊下に備え付けられてある自動販売機の前に、トラファルガー・ローがいたのだ。


思わず喉がひくっと引き攣る。
向こうも俺の視線に気付いたようで、「あ」の形に口が開き、そこでじっと見つめ合う形になった。ドクドクと心臓が脈打つような音が聞こえる。血液が循環して、顔が真っ赤になって行くような感覚がして、そして


手首を思い切り、キッドに掴まれたのだ。



「!!?」
「……、…」
「 び、吃驚するだろうが! 急に起き上がるな!」


それに手首を掴むな、と続けようとして、俺は開いた口を塞げなかった



あの時と、同じだ。あの時も、同じような表情をしていた。この世の絶望を見たような、打ち震え上手く呼吸が出来ず思考が出来ない。信じる者全てに裏切られた者のような目をしたキッドの赤い目から、ボロボロと涙が溢れ出して来たのだ。



「キ…!?」
「…っ、ざけ、…んな、よ…! ナマエ…!!」
「え? な、なん、」


嗚咽のせいで上手く言葉が紡げないキッドなど初めて見る。
こんな時、俺はどうすればいいのか分からない。
キッドが泣いている。 この状況に、俺の全てが追いついてくれない

「どうし、て……こんなに、……き、なのに…!」

言葉が酷く断片的で、その意味を汲み取れない。
ギリギリと強い力で握り締められている俺の手首が、そろそろ折れてしまいそうだ。


周りにいた者達が、キッドと俺の方へと視線を送って来る。異様なこの状況を遠巻きに見ている者達の群れの中に、トラファルガー・ローがいるのが分かる。また視線がかち合った。 そこで俺の中の何かが激しく音を立てて弾けた



――もしかすると、



過去の出来事を思い返してみる。高校に入学したばかりの頃の、まだ楽しそうなキッドの姿だ。最近お気に入りだと言うバイクの情報誌を広げて、興味の無い俺に笑顔で勧めてきていた。食堂の飯が安くて美味いから食いに行くぞと誘われて、確かトンカツラーメンを注文して、盆を持ったまま食堂の席に着いて、そこで俺が二つ向こうの席に座るトラファルガー・ローを見つけてからキッドは、 キッドが、



「キッド、俺のことが好きなのか」



言ってみればこんなに容易いことはない。

少しの動揺と沈黙の後、
僅かに頷いたキッドの心的事情は読めないが、
手首を掴んでいるキッドの手がブルブルと小刻みに震えているのが、やはり俺は見ていられない。


依然として俺たちの方に視線を送っていたトラファルガー・ローの顔を見る。
さっきのようなドキドキは、もう感じなくなっていた。トラファルガー・ローが、え、と目を見開く。それに薄い笑顔を返して、彼から目を逸らした。

よく分からない、感じたことの無い感情に苛まれていただけだったのかも知れない
そもそもに、俺が彼を"好きだ"と感じた理由でさえ酷く曖昧なものだった。
妄信に囚われ、いつも傍にいてくれた大切な人を泣かしてしまうことは、一番やってはいけないことだ



「…聞いても殴らないでくれるよな、キッド」
「あ…?」


目をいつも以上に真っ赤にさせたキッドに言う



「俺はやはり、お前を選びたい」





鹿