▼ 愛しの殺人者
ナマエと言う男は、ドフラミンゴが未だかつて出会ったことのないタイプの人間だった。
ドレスローザの街を賑わす、殺人鬼がいる。
夜な夜な街に出没しては、老若男女問わず手にかけて行く。国民は安心して出歩くことも出来ない。
王様、どうか我らに安息をお与え下さいませ。
国民から寄せられた嘆願書の内容に興味を惹かれたドフラミンゴは殺人鬼探しに手を出すことにした。
丁度大きな戦争も、海軍からの召集もなく、裏取引のビジネスも順風満帆に行っていたので気分も良かったのだ。
ドフラミンゴが権力と組織を使えば、殺人鬼の出現場所を特定するのは簡単だった。何処の通りに現れやすいか、いつの時間帯が多いのか、背格好は、殺し方は、色んなことを調べてその殺人鬼が再度姿を現す日を待っていた。
老若男女を問わず殺すその殺人鬼はどんな奴だろう。闇夜の街中でドフラミンゴは供も付けず単独でその存在を待った。よもや自身が狙われるようなことにでもなれば、また面白くなるかも知れない。
なんて事を考えていると、薄暗い通りの向こうから、ひょっこりと"影"が現れたのだ。「…」黒い影はゆらりと立ち、座っているドフラミンゴを見つけてその場で静止した。
あまり目撃情報がないだけあって、それは全身黒ずくめで身体的特徴が何も掴めない。背はそこそこ高い方だが、それでもドフラミンゴからすれば赤子のようだった。
黙っていても面白くない。此方から仕掛けてみるか、とドフラミンゴが口を開く
「よォ、殺人者サマ。今夜も一仕事するのか? それとも、終えた後か?」
殺人鬼は狼狽えるか?ドフラミンゴは反応を待った。一応、それなりに悪名も轟いている身としては名前…でなくとも声を聞けば多少は怯えて欲しいもんだがなと笑った。フッフッフ…堪えきれずにドフラミンゴが口から笑い声を出すと、意外な返答が殺人鬼から帰って来た。
「お会い出来て光栄ですドフラミンゴ王」
「…ア?」
バサリ。フードをのけた殺人鬼は、素顔を晒した。
中から出て来たのは…至って平凡な作りをした男の顔 楽しそうに細められた目と、緩みが抑えきれないと言うように弧を描いている口元が酷く印象的だ。
「なんだ、おれに会いたかったのかお前は」
「一応、一国民なので王と直接顔合わせが出来るのなら光栄だと思うようにしているんです」
王と…ドフラミンゴと対峙していると言うのに、この男はちっとも臆さない。そうか、だがあまり長話をするつもりはねェんだ。ドフラミンゴが伝えれば、男はそうですよね、夜はとても寒いですから。といまいち見当違いなことを言う
「国王としてな、国民の安心は守ってやりたいんでねェ。…殺人鬼さんよ、殺しは辞めにしてくれねェか?」
お願いする、なんて下手に出てみたのは何と無く、この男の反応が見たかったからだ。何と答えるだろう。嫌だ、と言ってくるだろうか。たった一言で改心するようなタマにも見えないだけに、余計に気になった。
男は「やはりそう来ますよねぇ」と、軽い口調で言い、うーんと自分の顎を撫でて思考する素振りを見せる。まさか本当に辞めるのか?ドフラミンゴが少し面食らった気持ちで見つめていると、男はポンと手を打った。
「ドフラミンゴ王、俺を雇って頂けませんか?」
「…? なに言い出すんだ、お前は」
まさか自分を売り込んで来るとは。
突拍子もないことに思わず吃る。男は更に言葉を続けた。
「ドフラミンゴ王の為ならどんな悪どい仕事だってやりますよ。実際、街の者たちを殺すのにもスリルがなく飽き飽きしていたところなんです。なので王に仕えさせて頂けると、俺の人生にも張りが出て潤うと思うんですが如何でしょうか」
「いかが、ったってなお前サン…」
何だこの男は。今までにも裏の仕事を受け持つ性根の腐った奴らをゴマンと見て来たが、この男は中でも指折りの変人だ。
自分を捕らえに来た国王にスカウトしてくれと持ちかけるなんて予想だにしていなかった事態にドフラミンゴは胸中で困惑する。
「報酬は安くてもいいですよ、殺しさえ与えてくれるんなら」
「…変わった奴だ」
「あ、名を名乗ってませんでした。俺はナマエ よろしくお願いしますドフラミンゴ王」
「…まだ雇うなんて言ってねェんだがな?」
しかし男……ナマエはすっかり契約成立した体でいる。やー良かった良かった、新しい就職先が見つかった!などと姿と似つかわしいことを言って笑っている。
何やらドフラミンゴも、だんだんこの事態が楽しく思えて来た。殺人鬼を捕まえに来て思わぬ土産ではないか。
使えるならば本人の希望通り裏仕事を任せてもいいし、使えないならばその時に改めて切り捨てればいいだけの話だ。その時ドフラミンゴはそう言う軽い気持ちで考えていたのだ。
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「ナマエ、前回の任務の報酬を何故受け取りに来ねぇんだ?」
「頂けるのは島でしょう?必要ないですよそんなもの。頂けるなら金か、人間がイイです。殺し可能な」
全く、呑気な話にも程がある。
ドフラミンゴは何も絶対に報酬を渡さないと気が済まない!なんて几帳面な性格をしているわけじゃないと言うのに。
ただ、最近のナマエがよく、報酬の受け取りに怠慢を見せるようになった。
仕事が終わってドレスローザに帰還しても、ドフラミンゴの元へ顔を出しに来ないことが多くなったのだ。昔と比べると大幅な減少だ。それは駄目だ。許せないぐらい駄目なことだ。
つまらないじゃないか。
「雇い主の顔を見に来るのも億劫ってか」
「どちらかと言えば、貴方は俺の王なので、謁見扱いとかになるんではないかと思ってるんですよね」
「………」
「おや、王よ。なんて険しい顔をなされるのやら」
当たり前だ。険しい顔だってしたくなる。こんな感情を抱えている時に、自分が何と言えば良いかを知らないのだから。
随分と青臭い感情だ。ガキの時に母親の胎に棄てて来たようなくだらない感情を ドフラミンゴは持て余している。
「…」
「何やら我が王は何かを伝えたがっているご様子 ……なんですか?ドフラミンゴ」
気安く名前を呼ばれ、ドフラミンゴは「…フッフッ!」とソファの上でふんぞり返った。
なんですか、だと?ナマエ
だからそれを上手く表現出来たらおれは今こんなに頭を痛めちゃいねェんだよ