▼ 近寄れば飛び火、触れれば火傷
明るい。
もう夜更けも過ぎ、船内から明かりは消え、就寝して明日に備えている船員たちが殆どな暗い船室が、ほんのり明るいのだ。
閉じている瞼の上からでも何となく光源を察知する。「調べなくてもいいだろ、このまま眠ろうぜ」と言って来る意識に従っても良かったが、やはり気になった。
自分がこの船室に移動してきたのが今日の夕刻だ。人数の問題でこの大部屋に移されることを余儀なくされてしまったのは構わないが、この船室に霊体と言うかプラズマ的な何かがいるのだとしたら問題だ。おれはこう見えて怖がりだったりする。原因を調べるのは怖いが、調べないまま寝てしまうのも恐ろしい。どうせ恐怖するなら確かめておくべきだ。よし、いくぞ。目、開けてみるぞ
「…………、… …エース!?」
プラズマ現象かと思ってたらエースだった。
下半身を炎状にしたエースが空中に浮いていた。
突然かかったおれの大きな声にビビる様子もなく、エースは「ようラクヨウ」と片手を上げて返事をする。思わず釣られて「お、おう」と返す。それだけでエースはおれから興味を無くしたようにさっさと顔を背けてしまった。
「な、何やってんだテメェ」
周りの連中は目を覚まさない。いや、気付いていながら興味がないのか?
夜中に別の部屋にいなければいけないエースがこの部屋にいる。
これはもしかしたら、この部屋で寝泊りしてる奴らからしてみたら普通の光景なのかも知れない
「? 何って、ナマエの寝顔見てるだけだぞ」
「は? 寝顔? ナマエの?」
ハンモックの上から完全に体を起こし、エースが空中を浮遊していた二段上のハンモックを覗き込む。確かに、そこには一人の男が高いびきを掻いていた。寝顔まで間抜け面丸出し。ナマエだ。ヨダレまで垂らして寝ている。
「可愛いよな〜」
いや、そう言う発言が聞きたかったわけじゃない
「おいおい…ヤローの寝顔なんか見て楽しいのか? つーか寝ろよエース。睡眠時間削ってまで何くだらないことやっ…」
「――あ?」
「…え?」
あ、なんかおれ今、エースの地雷踏んじまったっぽいぞ?
「くだらない…? あのさぁラクヨウ、どうして"ナマエの寝顔を見る"ことがくだらない事になるのか説明してくんねぇ?」
「い、いや…普通の、常識だろうがよ…」
「あーやめてくれって。ジョーシキ、とか海賊のおれらが使う言葉じゃないよな?何か間違ってる?おれ。好きな奴の寝顔見るのってそんなに駄目か?だってナマエは第二支船にいんだもんよー。おれと行動時間がこれでもかってくらい違うからなかなか顔見えないからこうやって夜にだけ足運んでんだぞー。タダでさえナマエはボヤボヤしてっからナースとか給仕の女の子とも交流持って慕われてるっつーのに弟ぐらいにしか思われてないおれじゃ完全にアプローチする段階で負けてんだそんなの許せねぇよなあ?」
「い、いや………」
怖い
なんだこのエースは
昼間のエースと、全然違う
これは影武者か? もしくはドッペルゲンガー?
とにかくエースのあの目が恐ろしい。
くっっっらい光が薄闇の中でボウボウと燃えてる
「…、ぅ…? なん、だ…さわがし……」
「ナマエ!!」
「ナマエ!?」
「あー…?……あー、エース…あ、今日はラクヨウもいたのか」
気になる台詞を吐きながらも起き抜けのぼんやりとしたままのナマエは勢い良く飛びついたエースをハンモックの上で難なく受け止めた。
大の男二人分の重さを受け止めているハンモックが哀れにもミシリと悲鳴を上げている。
下半身炎状の状態を解かないエースの気遣いは、ここにされていたのだろうか。いや、本心の程は分からないが。
「ナマエ〜!おれもここで一緒に寝ていーか?」
「おう、構わんぞー」
「は??」
エースを抱え込んだナマエはそのまま後ろに倒れて目を瞑った。え?いやいや、おい、え??
「そのまま寝んのか!?」
「……うるせぇなぁラクヨウ」
「そうだぞラクヨウー 他の奴らは寝てんだから起こすなよー」
「え?いや、ナマエ、お前なんでそんな動じてないんだ?」
「? 毎晩のことだし、慣れてるからだな?」
「慣れ…!?」
「やーなんかエースって独りじゃ眠れないらしーんだわ」
ぜったい違う気がする
――って言うかエースめっちゃおれんこと睨んで来てやがるぞ!!!
「エースのくせに、可愛いとこあると思わねぇ?」
(思わねぇよ!!!)
駄目だこのナマエ、デレデレである
そろそろエースが炎上網でおれとナマエとの間に境界線を築き上げそうだからもう退散しよう。
この二人、主にエースの方にやたらに首を突っ込まない方が良いんだってことを この部屋の連中はもう悟ってるようだ。
おかしい。 エースは、こんな奴じゃないと思っていたのに。内なる狂気は誰の心にでも存在してやがるってことだろうか