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「#幼馴染」のBL小説を読む
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バイトのくせによく働く。最初の印象は確かそんなものだった。

スモーカーがローグタウンに派遣されるより少し前に、海軍本部の清掃員として入って来た男――ナマエ
男の割りには小さなところの汚れにまで気が付いて、雑巾やモップでそこの汚れが落ちるまでずっと格闘している。廊下の傍にその姿があれば少し目をやるような、その程度の存在だった。勿論ただのバイト清掃員は海軍本部内でも底辺の地位だ。スモーカーの姿を見ればあっちも仕事の手を止めて「お疲れ様っす」とか「お帰りなさい」とか「ご苦労様です」とか、当たり障りの無い返事をしてまたすぐに仕事に戻る。多分、それ以上の興味を抱かない奴なのだと思う。結構なことではないか。遊び目的・物見遊山気分で雑に仕事に取り掛かられるより何倍もいい。スモーカーはこの時、もうナマエに興味をなくしていた。ただのバイトの清掃員で、胸元のネームプレートに書かれている名前がナマエ、それだけだ。



それから何年か経って、スモーカーが麦わらの海賊団を追う為にローグタウンから本部へ戻って来たとき、ナマエはまだそこで働いていた。

相変わらず清掃服が妙に板に付いていて、甲斐甲斐しく箒とバケツと雑巾を持って忙しく動き回っている姿が何故か懐かしい。上司への帰還報告を終えたスモーカーの姿を見つけると、「あ」と声を出して箒を持ったまま駆け寄ってきた。
「…!?」スモーカーはたじろいだ。挨拶を返されることだけならまだしも、向こうが此方へ近付いてくることなど昔はなかったからだ。



「お帰りなさいスモーカーさん!」
「あ…、あぁ…?」
「…あれ ……もしかして俺のこと覚えてなかったりします?」
「いや、覚えてるが…」



あ、良かった覚えててくれて! 笑ったナマエの顔は、記憶の中のそれよりも少し掘りが深くなっているような気がした。制服の帽子を脱いでナマエは「いやぁ、会えて良かったですよ」短く切られた頭髪に汗が滲んでいる。 そっちの方へ目線をやっていたスモーカーは、言われた言葉に反応するのに少し時間を要した。



「…会えて?」
「スモーカーさんが久しぶりに本部へ帰って来るって耳にしたもので、会えたらいいなと思って」
「だから、どうしておれに会いてェとか抜かしてるんだって…」
「? 駄目ですか?」
「………いや、別に」



変だな。ナマエは、こんな奴だっただろうか。
「あー…ええと、そんだけっす。引き止めてごめんなさい。それじゃあ」最後は早口になって、立てかけていた箒とバケツを持って何処かへ行ってしまった。
「?」行動の意図が読めない。直行便で本部へ帰って来たから今日は疲れている。あまり頭を悩ませずに休憩を取りたいと思っていたのだが、どうも釈然とせず、モヤモヤする。
まったく、なんなんだ。ボヤいたスモーカーの言葉を拾ったのは、すぐ後ろにいたクザンだった



「スモーカー、帰って来て早々変な顔してるな」
「…何でもねェよ」
「そう?  あ、ナマエとは会った?」
「ナマエ?」



それならたった今まで話をしていたと伝えれば、何故かクザンはふーんとニンマリ笑顔だ。「気持ち悪い」「酷くない?」だがクザンは表情を変えない。
「ま、お前さんは暫くアイツと離れていたからな。精々毒されないように気ぃつけな〜」
「…は?」

すぐ分かるわかる。クザンはワケの分からないことを言っていくだけ言って去って行った。あれは多分、あのままサボるつもりだ。クザンの副官を勤める男は、あいつのサボり癖をすでに諦めていて同じようにサボタージュしている筈だ。どいつもこいつも、締まりがない。









夜 何か腹に収めてから寝ようと、スモーカーは食堂を目指し本部の廊下を歩いていた。
ぼんやりとした食堂の明かりが見えたかと思うと、その明かりの下に動く影がある。
……埃塗れになっているナマエだった



「…何やってんだテメェ」
「  あぁ、スモーカーさんすか。お疲れ様っすー」
「じゃねェだろ。こんな遅い時間まで仕事してんのか」
「あー…食堂の清掃担当だったおばさんが風邪を引いて寝込んじゃったんで、俺が代わりにやってるんです」



あ、お給金は余分に貰うつもりなんで大丈夫っすよ。 何を勘違いしているのかナマエは金のことを言う。 そうじゃないだろう。たとえ代わりを任せられていると言っても、今が何時だと思っているのか。仕事に対して真面目すぎだな、とは思っていたがまさかここまでの奴だとは。



「スモーカーさんは…タンクトップ姿でどちらに?」
「食堂だ」
「お、じゃあ目的地に到着ですね。夜食っすか?いいですねー 俺ももうペッコペコで…」
「…お前、夕食は?」
「食べる時間に間に合わなかったっすね」
「……………」



笑顔で言うことじゃないだろ。スモーカーは眉間がズキズキと痛んだ。昔と同じどころか、悪い方向に進んで行ってないかこいつ。
「来い」とナマエの首根っこを掴んだ。「え!?何処に?」「奢ってやる。飯を食え」そ、そんなの悪いですって!と慌てているが、スモーカーはもうこの駄目男を易々と見逃すわけには行かなかった



「おら食え。遠慮すんな」
「…こんなに大量に…。あ、ありがとうございます」



厨房をたき付けて出せるだけメニューを出して貰った。目の前に並んでいる美味そうな料理の数々にナマエはヨダレを垂らしながら齧り付いている。…思っていた通り豪快な食べっぷりだ。その姿を見ているスモーカーも食欲をそそられた。箸を取ってナマエに続く。空きっ腹に毒だ、と思いたくなるぐらい料理は美味かった



「あーーー………うーまかったー………」
「足りたか」
「勿論っすよ! …すみません何か。帰って来られたばっかのスモーカーさんに飯奢ってもらっちゃって…清掃員のくせに、駄目っすね」
「…だから、」


気にしなくていいと。ムッとなりつつ言い返そうとしたスモーカーの言葉をナマエは「でも!」と遮る


「やっぱりスモーカーさんは思ってた通りの人だ!」
「…あ?"思ってた"?」
「はい! 俺、ずっとスモーカーさんは『優しい人』だと思ってたんですよ!」
「!?」
「やっぱ俺の考えは間違ってなかったすね。スモーカーさんは優しくて、面倒見が良くて…」
「お、おい待て!たったこれっぽっちの事だけで何の認定下してやがる!」


急にテンションが上がって、ナマエの頬は少し上気していた


「昔からスモーカーさんは俺に挨拶返してくれてたじゃないですか!」
「挨拶…?そりゃあお前が言って来るから、」
「いや、他の将校さんたちは殆ど返事なんてしてくれないんです。無視されたり一瞥だけされたりって感じで」



「俺がただのバイトの清掃員だからですよねー」
ナマエは笑っている。だが元来気の長く明朗な性格のナマエだって、言葉を無視されて心が腐らないわけがない。 海軍本部にもなると、気位が高い人らばっかりなんかねーふーんあっそー



「スモーカーさんにとっちゃ小っちぇ事かもしんないけど、俺からすれば凄く精神的に助かったんですよ」
「……、…」
「でもその後スモーカーさん、ローグタウンの方へ行っちゃって…暫く落ち込みましたね。 まあでも、遠くのスモーカーさんも頑張ってるんだと思って俺より一掃汚れ落としに気合入れました!」



予想外の返答だった。ナマエの後ろにキラキラとした光も見えるような気がする。まさかそんな事は思われているとも、考えていたとも知らなかったのだから仕方ない。ナマエの頑張り様は、短い間だったがスモーカーは知っている。お疲れ様です、と言われれば、お前こそご苦労さんと言うのは当然のことで



「へへっ…スモーカーさんが本部に帰って来てくれて俺嬉しいっす!」
「…そ、そうか よ」
「はい! やっぱ好きな人ってのは近くにいてくれた方が幸せですしね!」
「…は、ぁ!? す、好きな人っておまえ、」
「じゃあ俺、仕事に戻らせて貰います!スモーカーさん、おやすみなさい」



ナマエはテーブルの上に置かれていたスモーカーの手にそっと自分の手を重ねた。ぎゅっと少しの力を入れて握り締められて、スモーカーはビクついてしまう。ナマエの目が、どろっどろに溶けたような甘さを含んでいるようで、「…ぁ…」スモーカーは二の句が告げなかった










翌日 何故か妙にテンションの高いクザンにスモーカーは声を掛けられた。


「ようスモーカー ナマエの本質が分かったか?」
「は!?な、ナマエが、な、なんだよ!」
「うんうん、分かりやすいねぇお前  アイツのアレは無自覚な告白だからな。 まあちゃんと受け止めてやれよ〜」
「な、んで、そんなこと…! つーか何でテメェ知ってるんだよ!」



廊下の窓に映った太陽光が反射して、スモーカーの目を眩ませる。
毎日ナマエが手入れをしているそこは、いつもピカピカに輝いていた