"襲い掛かってきた50人の海賊達をバッタバッタと薙ぎ倒した"
"逃亡を試みた海賊達の背中25人分に鉄砲弾をぶち当てた"
"港に停泊していた海賊船3隻を全て海に沈めた"
みんな輝かしい功績ばかりだよなぁ。凄いすごい
賞賛はすれど、嫉妬をすることはない。
自分の部下が自分より活躍していることは俺にとってとても喜ばしいことだ。
だが、羨ましくはあった。羨望、と言うのだろうか。身体能力があって戦闘の際に手腕を発揮出来るみんなが羨ましいのだ。ナマエは元はただの一般人だ。いや、今も一般人に近い。置かれている立場だけなら1つ上の位にいるが、それも仮初の物。何ら1つとして実力は伴ってなどいない。思い返してみよう、この世界に来た日のことを。異質な空間に突然存在していた自分を怪しげに視線を寄越す人々。ボンヤリしていたせいで賊の男たちに狙われて、命からがら逃げ出して、助けも頼りもいなくて独りで無茶苦茶に歩き回った。喉も渇いたし腹も減ったけれど、どうすればいいのか分からなくて、改めて自分のサバイバル能力と生活力の低下っぷりを実感したものだ。思い出すだけでも酷い日々。この世界に来てナマエに身に付いたものと言えば、危機回避能力ぐらいなものだ。今、その危機回避センサーがビンビンに警告を出している。うるさいよ、とナマエは自分自身を叱咤して、何とか身体を起こした
「大丈夫ですかナマエさん!」
「あー…うん、わりとー…」
嘘。大丈夫じゃないよ。全く割りとじゃない。見てよこのガクガクに震えてる俺の足。足の筋力が衰えて来てる人でもこんな震わないよってぐらいだもの。あーまずったなぁ。スモーカー君にああ言ってしまった手前、いいとこ見せようって戦場なんかに来なきゃ良かった
"一ヶ月以内にノルマ5人の海賊を拿捕して帰還"
他人からしてみれば容易すぎる内容だが、ナマエからしてみればこの上ない難題であった。
死ぬ気で襲いかかって来ようとする人間の恐ろしさなら身をもって体験済みだ。
今日の海賊団の規模は大きくはないが小さくもない。個々の戦闘能力も中の上ぐらいで俺一人なんて簡単に捻り潰せるレベルと言うことになる。…言っててとても恐ろしくなってきた。怖いよ母さん、父さん。息子は一体、いつまでこんな世界にいないといけないんですか?心配してくれてますか母さん父さん、もう諦めて葬式とか終えてませんよね。大丈夫ですかそこんところ。息子は、まだ生きてます。あ、そろそろ死ぬかもしれませんけど。あはははは
「ナマエさん、まだ本気出さないのかな…」
「どうなんだろうな…そろそろ見せてくれると思うんだけど…」
部下のそんなヒソヒソ話が聞こえてきて嫌になる。全く、勘違いも甚だしいと言うか、騙すような形を長年取っちゃってて俺の方こそごめんねと言うか
"本気を出せば剣を一閃するだけで海賊20人が吹っ飛ぶ"とか、"本気を出せば目にも止まらぬスピードで走れて一瞬で海賊船長の首を掻っ切れる"とか、色々想像されているようで双肩に伸し掛かっている期待値がハンパじゃないんだよね。参ったなぁ
右側から飛んで来た銃弾を部下A君が剣で弾き落としてくれる。「お怪我はないですかナマエさん!」うん、全くないよね。君らがそうやって甲斐甲斐しく護ってくれてるから俺戦場で堂々と考え事してるのに無傷だもの。どうやったらそんな所業が成せるわけ? 痛いのは大嫌いだからとても嬉しいけどさぁ。どうなんだろうねこの状況。いや、俺からしてみれば楽チンすぎるんだけど、その…スモーカー君とかからしたらやっぱり腹が立つんだろうかなー。この前の合同で討伐任務に出た時も散々怒鳴られたし、この間も約束しちゃって……って、あー思い出したらまた鬱になってきた。やだよー戦いたくないよー死にたくないんだもんだってー……でもそれよりもスモーカー君に嫌われたくないよー親しい人に嫌われるのって幾つになってもキツイんだよー、って
「ウラアアアアアアアア!!」
「…!」
丁度俺の前方方面からサーベルを構えた海賊が向かってくる。なんて血走った顔をしてるんだろ。君たちねぇ、一回鏡で見てみた方がいいよ。戦場に出て人を殺そうとしてる君らの顔って自分が思ってるよりも人じゃない表情してるからさ
やっぱり足はまだ震えている。怖い。怖くてたまらない。 部下君に任せよう… そう思って手近にいる部下の姿を探して声をかけようとして、俺の目はとある人物を見つけてしまった。
加勢に来てくれたんであろう、「ス、モーカー、く」 武器の十手を構えて走ってくるスモーカー君の目が、俺の方を向いて、
――!
「あ、あぁああぁああ!!!」
「う、ぁ…!!」
腰から下げていた細身の剣を引き抜いて、無我夢中で真横に振り抜いた。
目前に迫っていた海賊の男の絶叫が聞こえたのと、目の前に赤い血が飛び散って俺は暫く放心状態に陥った
俺、今なにやったんだ?
「ナマエ! 無事か」
「……ス モーカ、君」
「報告より敵の海賊が多いようだから加勢するぞ。……ついでに確認も兼ねてたが、宣誓通り戦ってるみたいじゃねェか」
「…ああ、そっか うん、俺、たたかって、るね」
「…おいボケっとすんなよ?」
足元に倒れている海賊の胴体に真一文字に赤い線がある。そうだ、今俺が自分でやったんだ。所持させられてから初めて使ったなこの剣。べっとりと血がへばりついている。……やっちゃったんだなぁ、俺
「………スモーカー君 さっきの俺の姿、見てた?」
「こいつと戦ってるとこだろ? 見た」
「…へへ… これでスモーカー君も、俺を見放さないよね?」
そうだ、さっき俺は、スモーカー君に見られてると思ってがむしゃらに動いたんだ。 いや、動けた、って言った方が正しいのかなこの場合
呆れられないように、見限られないように、それだけが頭いっぱいに広がってた
「? 言ってる意味がよく分からねェが… おれはテメェのことを見放すつもりはねェから安心しろよ」
「あ、あれ?そうなの?いやだっていつもあんなに怒ってるじゃない」
「あれは怒ってんじゃねェ 叱ってんだ」
さァておれもいっちょやって来るか
十手を構えたスモーカー君は勇ましく海賊たちの中に飛び込んでいった。いつの間にか海賊の数は大分減っていて、俺がやっと倒した一人なんて、コンマ以下で切り捨てられてしまうのかもしれない。人間なのに、殺されてしまえばカウントされないなんて、やっぱり怖いね本当 だから俺、死にたくないんだ。そういう扱いをされてしまいそうで恐ろしいから
「ナマエさん!お疲れ様です 先ほどの見事な横一閃、素晴らしいです!」
「あー…うん、ありがとう………でもなんか、思ったより……」
「どうされました?」
「……いや、なんでもないよ。 もう思考するのも面倒くさいや。 動きたくないから、部下A君、俺を船まで背負ってもらえる?」
「はっお任せください!」
「テメェの足で歩けナマエーー!!!」海賊の頭を鷲掴みにして引き摺っているスモーカー君の怒号が聞こえてくる。そりゃないよスモーカー君