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「いい加減にしてくださいよキャプテン。俺の心臓を磨り潰す気ですか!」




船長に対してクルー風情が生意気な口を利いているが、相手がナマエだからまだ許してやれる。こいつの心配性は、今に始まったことじゃない。トラファルガー・ローのことを 風が吹けばぱたりと倒れる紙だと勘違いしている節があって、ローの一挙一動に目を光らせ事あるごとにこの調子になる。 昨日は薬品倉庫で、コードに蹴っ躓いたローが薬品棚にぶつかりかけた時に腕を引いて胸元に抱き込んで声を大にして怒鳴ってきた。 二日前はローの部屋に詰まれた大量の蔵書を指摘した。「いつ雪崩れを起こして倒れてくるか分からない」するとナマエはローの許可も取らずに本の山を崩し、幾つかの小さな山に分け始める。果てには本棚まで整理し始め、ローが読書を始めた頃より部屋は様変わりしていた。どこにどの本が置かれたのかが分からなくなった。 三日前はベポに詰め寄っていた。航海士であるベポからどの航路がより安全に航海出来るのかを話し合い、努めて安全な航海を約束しようとしている。勿論それは、他でもない船長の為に。


心配性で、過保護で、行き過ぎているナマエはクルーの者から奇異な目で見られることも少なくないが、そこをローは気に入っていた。上の者を立て敬う姿勢は好ましいもの。突飛いているくらいではないと、面白くない。
だから今回も、何が理由でナマエに心配をかけてしまったのかな、と想像して楽しんでいる、そんなローの心を読めないナマエは真面目な顔して怒っている



「掃除中の甲板を歩かないでとあれ程言っておいたでしょう!」



なるほど、これは昼の話だ。確かにローはクルー達が掃除していた甲板と廊下を歩いた。その先の部屋に用があったからだ
「海水を洗い流してるんだから足元は滑りだらけでキャプテンが一歩歩くだけで滑って転ぶ姿が目に見えてるんです!後ろに倒れればどこに頭をぶつけるかも知れませんし、前に転ぶのも手をついてもしそれで手を挫きでもしたらどんな支障が出るか…!考えるだけでも恐ろしいんです俺は!掃除中は極力船室から出ないようお願いしますよ!」


昼のナマエの姿は実に滑稽だった。部屋を出て歩いているローを認めるや否や、大声で名前を呼びながら慌しく近付いてきた。どうしてここにいる、部屋に戻れ、今言われたようなことを言われ、気をつけて歩くようにするから、と言ったローの前に回りこみ、「なら俺が今からモップかけたところだけ歩いてください。それ以外のところは歩かないように!」大急ぎで、しかし拭き残しがないように丁寧に床にモップをかけているナマエを見てローは肩を震わせた。可笑しい。本当に、変な男だ。どんな赤子だろうと、親でもここまで心を砕かないだろう。ナマエの目には、ローは赤子や紙やそれ以外のもっと小さな者として見えているのかも知れない。もしくはか弱い女か、病気を患う母か、到底自分と同年代の男に向けるべきものではないと言うのを 彼は自覚出来ているのか




「…………… キャプテン、聞いていますか?」
「ん…?  ああ、話は終わったか?ナマエ」



まあ何にせよ 尽くされるのは嫌いではないローにとって、ナマエと言う男は興味深い存在だ。
多少の奇行も思考も、そうされる対象が自分ならば面白く見える。

ナマエの言葉に生返事を返す。
こうして彼が怒って自分があしらって、また同じことを繰り返すのが毎日のことで、
今回もこれでココは終わるだろうと……、



そう思っていたローの身体に、衝撃が走る。背中を 強く壁に打ちつけられた




「……キャプテン 俺の言葉をきちんと聞いてください」
「…!」



いつもは、怒っていてもどこか柔らかい光を持っているナマエの双眸が、
今は真っ直ぐにローを見つめ、強く、ぎらぎらとして、細められていた。
じんと骨から伝わってきた痛みがローの背中を這いずり回る。ゾワゾワとした感覚だ だが身体を起こすことが出来ない。壁に手を置いて顔を寄せ、ローの逃げ道を無くしたナマエによって拘束されている。
彼の口から出てくる言葉は普段の声音よりツートーン低くローの耳に届く。

怒っている ナマエが 本気で




「いいですか キャプテンが、俺みたいな一介のクルーの言葉を真摯に受け止めてくれないことは分かっています。 それでも、俺はあなたの事が心配になるんです。なってしまうんです。 此処は偉大なる航路で、いつどんな時どうやって命を落としてしまうか知れた物ではない。戦闘の強弱で負けて死ぬならいざ知らず、それ以外のことであなたが怪我をしてしまうなんて堪えられない。 もっと気をつけて過ごして頂きたい。あなたの存在は、あなた一人のものじゃないんですよ」
「……っ、あ、あぁ…わかっ…」
「本当に、分かってもらえましたか?」
「あぁ、分かった、 分かったから、顔をのけろ」



――いいでしょう
腕と身体を離したナマエがローから一歩距離を取る。最後にちらりと立ち竦んでいるローの姿を見て、ナマエは上の甲板へと出て行った。



ローは胸を押さえて溜め込んでいた息を思い切り外に吐き出す。
さっきからナマエの言葉が耳の奥で反響している。こんなことは初めてだ。話終えた後のナマエになんて興味も抱かなかったのに、どうして今はこんなに動悸が早くなるのか分からない。ナマエが去って行った方向を見て、今度は顔が火照った。近付いてきたナマエの顔を勝手に思い浮かべて、沸騰しそうな頭が恨めしい。

たった、あれだけのことで、 いや ナマエなんかにこんな、



「………あの やろう……」



どう責任を取らせてやろうか