20万企画小説 | ナノ
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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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嫁にするなら器量があって、御淑やかで、夫を立てる女が良かった。
そして条件にピタリと当て嵌まる女性を見つけることが出来て、それから数年は妻となった女性とも上手くやって来れていた。少なくともミホーク自身はそう思っている。
フラフラと海を渡るミホークの帰りを城で待ってくれながら、帰れば美味い食事、温かな風呂、清潔感のあるベッドがあった。それはやはり、船乗りにとっては何にも変え難い幸福である。

「ミホークさん、お帰りなさいまし」
笑う妻はとても愛らしかった。



だが何処かで何かが違えてしまったんだろうと思う。

妻は御淑やかな女の皮を被った、悪魔だったのだ









「帰ったぞ…」
「ミホークさん、お帰りなさいまし。お荷物お預かりいたしますね?」
「あぁ」



シッケアール城の重い扉を開けば、すぐに出迎えに走ってきたナマエに持っていた皮袋を手渡す。中身はナイフやランプ、エターナルポースに携帯用の釣竿、そして大量の金貨 受け取ったナマエはすぐにそれらを所定の位置に戻し、背中から黒刀を抜いたミホークから剣を受け取ってニコニコと笑顔を浮かべた。


「…? 機嫌が良いが、何かあったか」
「うふふ、よくぞ訊いてくれましたねあなた。此方へ来てくださいな!見せたいものがあるのです」



楽しそうな妻に手を引かれ、ミホークは何となく不吉な予感がした。


この妻がここまで楽しくなっている時は、大方


「見てくださいまし!」



何かを捕らえた時だ




「……ぅ…う……」
「あ……ぁ、……」
「……、………………」



「…これは…」
「どうですかあなた! 全部ナマエが捕まえたのですよ!」



シッケアール城にある地下室の壁に縛り付けられているのは、大勢の人間だ。

ほぼ男ばかりで、皆屈強な身体をしている。しかし今はどれも生気がない。
酷く衰弱している者や血が足りず身体を青褪めさせている者が大半だ。
地を這うような低い唸り声が部屋を包んでいる。


「ミホークさんの留守中に城を襲おうとしたのですよ?不届きだと思いませぬか」
「………あぁ…不届きだな」
「でしょう!」



ナマエは更に顔を明るくさせる。そしてミホークの手を引いて、通路を歩く



「この者はわたくしが一人だけだと見て襲ってきたのですよ!胸元の布を裂かれたせいで一瞬ですが素肌を他の殿方に見られてしまいました。深くは触られておりませぬのでどうぞ失望なさらないでくださいね、あなた」


"一瞬" ――その直ぐに男の胸をナイフで掻っ捌いたのだろう。示された男の胸には肉が剥け中身が見える程の傷跡がある。


顔を鈍器で潰された者、皿をぶつけられ破片が身体に突き刺さったままの者、蝋燭で目を焼かれ蝋が頬を伝ったまま固まっている者、片腕がない者や片足がない者はまだしも、下半身がぶった切られている者は既に出血多量で事切れている。


地獄絵図のような光景がこの地下室に広がっていることは間違いない。
しかもそれら全てを この一見華奢に見える妻がやったと言うのだから問題だ



「うーん…何人かは死んでますねぇ……。 ちっ脆弱な奴らめ、蛆蝿以下の存在のくせに生命力も糞か……」
「………」



何か妻から聞こえたか? ならば無視しても良い。気にする方が既に負けなのだから



まだ他の者よりも意識が残っていた男が、ナマエに向けて唾を吐き掛ける。
「!」寸でで避けたナマエはすぐにその男に近付き、天井から吊り下げられていた鎖を思い切り顔にぶち当てた。「グッ」と鈍い声が男から聞こえ、意識を失ったようで首を俯けたまま動かなくなる。



「…………まぁでも、まだ殆どの者は息はあるようですから、どうぞ心置きなく練習台に使ってやってくださいまし!」



何故ナマエがこんな事を……人間を生け捕るのか、
それは全部ミホークに対してへの愛情である


腕の衰えを酷く嫌うミホークの為に、欲求の解消として斬り捨てられる人間を提供する、それが"妻の役目"だと、ナマエは自ら言い出したのだ。これは今から三年前に遡るだろうか。突然こんな事をあの妻がやり始めた時ほどの衝撃は、今ではもう無くなってしまっている。感覚が麻痺したのだろうと思う。



「……………」
「ミホークさん、喜んでくださいますか?」
「………あぁ、ご苦労だったな、ナマエ」
「いいえっ」




ミホークは無益な殺生を好まない――と言うよりも殺すほどの価値がある人間とは早々めぐり合えないものだ。無駄な人間を斬って黒刀の刃を鈍らせるのも忍びないと思っている。だが、そんなポリシーも、こうまでする妻の好意諸共無碍には出来ないのだ



「……まず飯にしてくれぬか。こやつ等を斬るのは…その後ででも構わないだろう?」
「ええ勿論ですとも! では上に参りましょうか、料理を温め直さなくっちゃ」



その妻の笑顔は、とても可愛らしいのだが










クライガナ島の暗い夜 外は真っ暗で、一寸先も見えなくなる
ナマエはその暗い道を一人トロトロと歩いていた
手には、夫が宣言通り全部斬って棄てた人間だった者たち
ずるずる、ずるずる 地面に赤い血の跡と何かを引き摺ったような道が出来る
しかしそれも直ぐに掻き消されていく。ナマエのすぐ後を大人しく付いて歩くヒューマンドリルたちの足跡によって


「……うふふ……ふふ……なぁにが"鷹の目の首を取る"よ…ねぇ……こぉんなに糞弱っちぃ奴らが、あの方の首を取れるわけないじゃない………ふざけないでよ………」


ああ早く海に棄ててしまおう。臭くて敵わない。腐敗臭も、血の臭いも、全部わたくしに似合わない

わたくしはあの人の妻たる存在 剣で全ての頂点へ立つ者の一番近しい存在なんだ
あの人と夫婦になってからもう十余年 気が抜けてあの人にわたくしの本性が知られてから三年 でもあの人はわたくしを見限ったりしない 素晴らしい人です



「…ふふ………愛されなくっちゃ……あの人に…ミホークさんに愛される、女でいなくっちゃ…………」