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どうしても救いたいものがあるのだ




――助けてください先生



病院へ足を運ぶ者は大抵こう言う。自分の体を、自分自身を助けて欲しくて、医者と言う人間に縋りに訪れる。一刻一秒を争う者もいれば、頭が痛むから、喉が痛むから、と軽い症状を悪化させないようにしたい者から様々に「助けて」「助けて」と言われる。これ程までに人間から救いを求められるのは神様以外に医者ぐらいじゃないだろうかと思う。

昼休憩を終え、さて仕事に戻ろうとローが控え室で白衣に袖を通していた時、ノックもなしに控え室へと飛び込んで来たナースがいる。何だ、今仕事に戻ろうとしていたんだぞ。とローが言うより早く、「先生、すぐに来てください!」と言われた。自分が受け持った患者の誰かに異変でもあったのか!?と慌ててそのナースに案内されながら訊ねれば、
いや全くそんな事ではなく、ただ患者が駄々をこねているだけらしい





「――あぁ、先生」
「…えー…と、…ナマエさん、でしたか?」
「そうです、そうです。わざわざお呼び立てしてスンマセンです」



駆け込んだ病室には、困り顔のナースと、ベッドに腰掛けている妙に溌剌とした顔の男の姿があった。さて、どの患者だっただろうか。傍らのナースからカルテを受け取って目を通す。ああ、そうだ。この患者か。確か3日程前に診察した記憶がある。



「確か…明後日手術予定でしたね。 どうかされましたか」
「ええ、その事なんすよ先生」
「そのこと、とは」
「手術、しなくていいです」


ヘラヘラ笑われながら、仕事拒否なことを言われてしまった


「……どう言う意味なんですかね 初日にちゃんと説明した筈なんですが…」
「ちゃんと聞きましたよ?俺の頭にデッカイ悪性腫瘍?があるんでしたっけ」
「そうです 悪性ですから転移も早く、大量出血の恐れもあります。手術しない、訳にはいかないんですが」



何を言ってるんだか 手術を拒否する理由が分からない。人間誰しも、痛いのは嫌だろう、死ぬのは怖いだろう。現に今だって頭は激痛を訴えている筈だ。そんな恐怖さえも知らない、気付かないお気楽な莫迦なのか?見た目からして考えなしそうな気はするが


すると男はハハ、と渇いた笑みを浮かべた




「…うち、貧乏なんですよね」



今こうして入院してるだけでもうお金が底を尽いてるんですよ。親類はいなくて、小学生の妹と2人で暮らしてるんです。生活保護なんて貰ってないし、バイト代だけで生活してる俺らに手術費用に何十万も支払えません。保険にも加入してませんし…転移するって、自分の体だけです、よね?妹に迷惑掛かんないんだったら俺、すぐに帰って妹の傍にいてやりたいんすよ。いけませんか? だから、




「俺らのこと、助けると思って」




"助ける"
と言うことの基準は何だ? 目の前の男は、ローに向けて「助けてくれ」と言っている。それも、今までローが言われたことのない条件を突きつけながら

ナースがオロオロとローとナマエの間に目線を動かしている。ローは薄く口を開いたまま、男の言葉に返答出来ずにいた

暫し静まり返る病室 そこへ、パタパタと小さな足音の主が飛び込んで来た



「おにいちゃん!」
「――ナマエ!」



赤いランドセルを背負った小さな少女は、ベッドに腰掛けていたナマエの胸に抱きついた

「おにいちゃん、頭はどーお?まだいたい?」
「ナマエの顔見たからもうぜーんぜん痛くないぞー」

妹の体を抱き上げようとした腕が止まったのが見える。痛みのせいで持ち上げられないのだ

「まだお家に帰れないの?ナマエ、いつまでお留守番してたらいい?」
「ああ、もう直ぐに帰るよ」
「ほんとっ?」
「勿論 ――そうだ、ナマエ お使い頼まれてくれるか?」
「おつかい?いいよっ」
「じゃあコレでお茶買って来てくれるか?」
「はぁーい!」


妹はランドセルを兄の隣に置き、100円硬貨を握り締めて病室を出て行った

その後姿を見送りながら目を細めていた男に、ローはようやく口を開く



「……ナマエさんが死んでしまえば、あの子も悲しむと思いますが」
「だからって生き長らえてもあるのは金の無いどん底の生活っすよ。俺らの親はクソみたいな人間だったから、借金もたんまりあるんです。そんな生活でアイツに苦労かけるぐらいなら、妹だけでも養子に出します」



 なあ先生、駄目ですか?



そう言った男の目には、今までどの患者の目にも無かった輝きがある

ローは、その男の目から目が逸らせない




「おにいちゃーん! お茶買ってきた! ナマエ、えらいっ?」



妹の言葉に、男は言葉を紡げなかった。痛みで頭を押さえつけられたらしい









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