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花なり




おれの姉貴はお袋にちっとも似ていない。

栗色の髪の毛も頬にあるそばかすも垂れ目がちな目つきも、どれも受け継いでいなかった。
姉貴の、墨を溶いたように黒々とした髪色や瞳の色は親父に似たのだろう。あんな髭親父とはまぁ全く違う容貌だけど

男たちの琴線を擽るような大和撫子然とした見た目は確かにキレイかもしれない。
でも性格は至って破綻している。
姉貴の見てくれに騙されて泣き寝入りをする男たちはやはり数知れず
弟であるおれもまた、幼い頃よりその性格の餌食となっている



「芸能界なんてホント興味ない」
衷心より厭な顔をした姉貴は小さな名刺をビリビリと細かく破り割いた。落ちる紙屑を床に落とさないように、おれは慌ててその下にゴミ箱を動かす。気の行くまで破り満足した姉貴はハァッと溜息を吐き、毛先まで手入れの行き届いている長い髪を煩わしそうに梳いた



「エース、あんた芸能界に興味ある?」
「…ねぇよ」
「ね?わたしも」



今日は何処の芸能事務所から名刺を貰ってきたのだろう。生憎、文字の判読不可能なまでに破かれている名刺からは分からなかった。

おれは、姉貴は折角の容姿を持ってると言うのに、それを有効的に活用しないのは本当に勿体無いと思っている。だがそれをおれが言えば、姉貴からの怒りを買うのは目に見えていたから



「あら、ナマエ帰ってたの?おかえり〜」
「ただいま、お母さん」



ちょうどさっきまでキッチンで片付けをしていたお袋が顔を覗かせて来た。
その手にメモ用紙と財布が握られているのを見て、姉貴は次に来る展開を予測して顔を少し歪めた



「帰って来たとこ早々で申し訳ないんだけど、ちょっと買い物に行ってきてくれない?」
「…えー…」
「そんなヤな顔したら可愛い顔が台無しよ?
キッチンペーパーとかその他諸々が無くなっちゃったの。今日はお隣のルフィ君が晩ご飯食べに来るから揚げ物を作ってあげる約束だったのに。ねー、エース?」
「げっ、それはヤベェな。ルフィの奴悲しむぞ」
「…ルフィ君は良いとしてどうして私が」
「だってパパ以外に車運転出来るのナマエだけなんだもの」
「…もう! エースあんた早く運転免許取りなさいよ!いつまで原付ばかり乗ってるの!」
「お、怒んなよ姉貴!」
「あんた荷物持ちね。来なさい」
「…へい」


こうなる事は分かってたよ。
お袋から財布と買い物リストを受け取った姉貴が「こんなに買うの!?」と言ってるからさぞ大荷物を持たされるハメになるんだろうな。"その筋肉が飾りじゃないとこ見せてみなさい"って昔姉貴に言われたのを思い出す



「エース、何をぼーっと突っ立ってるの。早く動け」
「ケツ蹴んな!」
「車出して来るから今のうちに髪の毛梳かしときなさいよ。ヨレヨレでみっともないから」
「わーかったって」


出掛ける支度を整える早さに定評のある姉貴はもう他所行きの格好が完成されていた。いつの間に。
でもやっぱり、姉貴は美人だ。
目を見張るほどってわけじゃあねぇけど、男心を刺激するには充分過ぎてる。
これで性格も良ければさぞかし…なんて言う下世話な想像はやめておこう。他の男が姉に群がっている場面を考えるのは弟としても面白くない


「じゃ、行ってくるよお袋」
「気を付けてねー。
エース、しっかりお姉ちゃんを護るのよ?」
「…男から?」
「そうね」
「…へーい」



エースまだ髪といてるのー!?
外から聞こえてきた姉貴の声とエンジンの音に急かされる。慌てて玄関を出て、姉貴の愛車の助手席のドアを開けたところで「あ」と気付いた。髪の毛梳かすの忘れてた



「あっ!エース髪の毛ヨレヨレのまま!とかなかったの!?」
「や、やぁ…」
「もー!スーパーで知り合いに会ったら恥ずかしいわよ。ほら、コッチ向いて」


運転席に座っている姉貴の方へ顔を向けると、姉貴の細い両手が頭に伸びて来る
「じっとして」と手櫛で整えてくれる至近距離の姉貴の姿に顔が熱くなる
おれも大概シスコンだ。でも
「よし、まあまあ男前になった」って笑ってくる姉貴に対してはシスコンになってしまっても、誰も文句は言わないと思うんだがどうなんだろうな



「あ!グズグズしてたらタイムセールに間に合わない!飛ばすよ!!」
「あ、安全うんてん、で…!」
「お黙り!」
「はい!」




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