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静謐は微笑みを射て







――病院内は走らないでください!

ナースの注意に片手を上げ「すんません!」とだけ答え、駆け足で病室に飛び込んだ

ベッドには病衣に身を包んで静かに目を閉じている祖母の姿だけ
顔色はいつも見ている色より少し青白い。背中に嫌な汗が湧いて来た



「ちっと遅れたけど、婆ちゃん死んだのか!?」
「……生きとるよ…」
「………なんだ……心配かけんなよ…」


心配した?お前がかい、おやおや珍しいねぇ。
くそ婆ちゃんめ、こんな時ばっかり嫌味言わなくてもいいんじゃねぇのか
こっちはモモンガさんと会ってた時に急に病院から電話掛かってきて心臓停止しかけたってのに



「……何やってたの」
「何にも?朝御飯食べて、食器を片付けて、さぁて内職内職と思ったら、バタンとね」
「…だから内職辞めたらって言ってるだろ。オレが稼ぐから」
「ばいたあ、のお前に任せっきりじゃあ生きてけないよ」
「バイター、な。い、今に就職すっから!!」
「じゃあそれまでは婆ちゃんも頑張らないとね」
「頑張ってた結果がコレだろ! いい加減、コッチの世界でぐらい大人しく生きてくれ!」



何の因果か、一度ならず二度までも婆ちゃんの孫としてこの世に生を受けた。
両親は昔に亡くして婆ちゃんと二人暮らし。こんなところばっかり同じ設定を引き継いで



「ああ、そう言えばね。お前が生まれてから、漸く前の記憶を思い出したんだったねぇ」
「…は?婆ちゃん、それまでずっと忘れてたのか?」
「ああそうだよ。そんな事知らず何十年も普通に生きてたんだ」



懐かしい、なつかしい……。そうやって笑う婆ちゃんの目は、病室の窓よりずっと向こうの風景を見てるようだった。海が遠い今の土地に住んで、婆ちゃんは後悔してないんだろうか。
今まで婆ちゃんに聞かせたことはなかったけど、
いつか、オレが立派に稼げるようになれば連れ立って引越しをする計画を立てている。海が見えるところへ、それまでは



「それまでは元気に生きててもらわないとオレが困る」
「……お前は、何歳の子どもなんだい。いつまで経っても婆ちゃんっ子…」
「…それ、いつかも言われたことあるな」
「いっぱい言った記憶があるよ、婆ちゃんはね」
「そーだっけ?」
「…だけど海の近くに居を移すのは、いい考えだねぇ」
「おっ、だろー?」
「アンタがそんな事を考えてくれてるとは」
「……なんだよ」



幸せだよナマエ。と笑われる


――またお前が私の孫になってくれて、婆ちゃんは本当に嬉しいんだ


目尻の皺を濃くさせて笑う婆ちゃんのその笑顔が好きだ。だけど今は少し涙腺がやばい。「な、に、恥ずかしいこと言ってんだクソババァ!」「だれがクソババアじゃ!」脳天に喰らったチョップは昔ほど痛くない。だから、笑えてきた。
ぜんっぜん、痛くねぇよ婆ちゃん



「…まあでも!元気ならよかった!」
「当たり前さね。まあだまだピンピンしてるよ」
「じゃ売店でアイス買って来るよ」
「気が利くねぇ。婆ちゃんピノね」
「洒落たモン食べるなよなー」



カバンから財布だけを取り出して病室のドアを引く。さっきオレを注意したナースさんが向かいの病室から出てきてちょっと気まずくなった。
「ちゃんとドア閉めてお行きよ」と婆ちゃんの声が飛ぶ。分かってるよ!ガチャンと音を立てて閉まったのを確認したから、大丈夫






病院の売店にピノは置いていなかった。しろくまとかスイカバーはあったけど。
雪見大福は…餅を喉に詰まらせるかもしれないし、ここは無難にスーパーカップにしとけば問題ないかな。
売店の店員さんからお釣りを受け取って、ビニール袋をガサガサと鳴らし、さっきのナースさんと擦れ違っても今度はちゃんと優雅に歩いているから問題なし


ドアはノックしないでも良いよな?



「ばーちゃーん、すまーんピノなかったからスーパーカップ……で、……」






婆ちゃんはさっきと同じ体勢 ベッドに背を凭れ掛けて、目を閉じている

「……婆ちゃん?」

その顔はやはりさっきと同じように窓の方を向いていて、口元は少し笑っている

「……ばあ、ちゃん?」


 眠ったのか?アイス、溶けるんだけど






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