隣人の恋人
夜景の見えるレストランに連れて行く約束だった
しかし前日になってローが「やっぱり家がいい」と言って来たから、
急遽レストランに入れていた予約をキャンセルして、
外食するつもりでいたからカラッポの冷蔵庫を埋める為に仕事終わりにスーパーに駆け込んだ。それが昨日のハイライトだ
そして今日、本来ならばローと共にレストランに行く予定だった休日
隣の部屋に住むローがインターホンも鳴らさずに、渡した合鍵を使ってナマエの部屋に入って来た
「…本当に宅飲みでいいんだな?」
「ナマエが料理作ってくれてるんだろ?」
「しょうがないだろうが。お前がレストラン嫌だとか言うから」
もうそんな小言は予想済みだったのか、ナマエの言葉を軽く聞き流し、
ナマエの家の卓上テーブルに並べられた料理を見て、「お」と声を上げてからローは椅子にストンと腰を下ろした。テーブルの上のシャンパンをつっつき、無言で"早く食べよう"と伝えてくる
「……まあいいか。お前がいいなら」
ローの為に開いた祝杯会だ。本人が「何処そこがいい」と言うなら変更するのは簡単で
「じゃ "志望大学"合格おめでとう、ロー」
「当然の結果だな。……ありがと」
シャンパングラスなんてお洒落な物はない家だから、マグカップにシャンパンを注いで
コツンと打ち鳴らす。ローが先に口付けるのを見てからナマエも口をつけた。安物のシャンパンだったが、なかなか美味い。甘ったるくなく、喉ごしも良く飲みやすい。「…うま」そう呟き小さく笑ったローもお気に召してくれたようで、此方もご満悦だ
「これで医者の道への第一歩目が完了したな」
「ああ」
「教師として言うなら確かに"当然の結果"だと褒めるところだが、恋人としてなら"よくやった、本当におめでとう"ってところか」
「……ずっと受験勉強に付き合ってくれて、此方こそって感じだけどな」
「お?一応感謝はしてくれてたみたいだな。それならオレも深夜まで勉強に付き合った甲斐がある」
"ご馳走"のポテトサラダを取り皿に装いながらナマエがそう伝えれば、ローは「…、…」と押し黙り、モジモジと手を動かした
「……なぁ、」
「ん?肉もっと多めに欲しいのか?」
「いつ、ヤるんだ」
本当に珍しくローの顔が赤く染まって、切羽詰ったようにそんな言葉を言うものだから、
料理を取り分けていた手を思わず止めてナマエも釣られて少し頬を染める
約束だった。
ナマエとローが恋人同士になった際にナマエが伝えた「お前は高校生だ。教師が教え子に手を出すとかあっちゃ駄目だ。世間はそこまで風当たり良く出来ていない」つまりナマエが伝えたかったのは性交渉の拒否だった。ローはそれに対しムッとしたのを覚えている。世間体なんて物を気にするなんて、と憤慨したが次にナマエの言った言葉に渋々了承するしかなかった。「…まあ、だからと言ってオレも男だ。お前が卒業するまで待ってやりたいところだが、こっちもそんなに我慢出来る気はしない。だからせめて、お前が大学に合格した…夜にでも、な?」最後は濁し気味なナマエの言葉にローはカァっと頬を染め、堪らずナマエにキスをせがんだのが高校三年生のGW あれから数ヶ月。勿論ローもナマエもその約束を忘れてはいなかった
「……飯を食ってからでもいいだろ」
「…ナマエ、待てないんじゃなかったのか?」
「お前、人を性欲魔人みたいに…」
そんな風に思われてたのか?とげんなり顔を歪めたナマエの手から、ローは箸と茶碗を奪ってから「それで?」と再度問い詰めた
「…そんなに準備万端なのか、ロー」
「シャワーだって済ませてきたぜ」
「だからこんな匂いがするんだな…」
こんな、とはローの家のシャンプーの匂いだ。顔を合わせた時から髪の毛が少し湿っていたのには気付いていたが、まさかシャワーに入って来ていた理由がソレだったなんて
「…オレは風呂に入ってない。入ってる間はどうする?」
「じゃあベッドで待っていようか?」
「……全裸で体にシーツだけ纏ってたり?」
「…ナマエが言うんならご期待に沿えるぜ?」
「 じゃあ、それでな」
ローに奪われた箸と茶碗を奪い返したナマエを見て、ローは口をムズムズと緩めた。
――よかった、乗り気なのは自分だけじゃなかった
「とりあえず用意した飯は全部食え。話はそれからだ」
「分かった」
「おいそんな早く口に詰め込むな。味わってくれ」
「あじわってる、すごく」
「そんな急がなくてもオレはずっとお前の隣にいるだろ」
「…知ってる」
分かっている。ずっと昔からずっと分かっている
要らない。あなた以外誰も要らない