俺たちの暮らす村は飢饉に見舞われていた。
植えても、植えても、育てても、育てても、
稲穂は実をつけず、穀物は腐り、野菜は枯れた。
村にあった小さな貯蔵庫からも次第に備蓄が無くなり、一人、また一人と寒くひもじい思いをしたまま飢え死にをして行く。最初の犠牲者は俺の妹だった。まだ五歳だった。赤らんでいた頬が青白く痩せこけた死体はとても痛ましくて、見れなかったから死に際をあまりよく覚えていない。そして六番目がおっかさん。最期まで「米がたべたい、米がたべたいよ」と繰り返して、死ぬ二日前まで家の壁に使っている木を食べようとしていたっけ。
次々と村人たちが斃れていく中で打開策も改善案も出せない、残った者達は必死に食べるものを探したり、余力の残ってある若者は他の土地への移動を試みたりもした。だがそいつらが無事に別の地へと行けた保証はないと思う。何せ俺の住んでいる村は、四方を山に囲まれ、開けた山間部で暮らしている。空腹の状態で、山を越すなんて出来るわけない。だから今日も俺は、山を登って少ない食料をとる。
そんな日々が一年経ち、そろそろ俺も死に掛けていた。昨日まではカマを振るっていた腕が震えている。
「神様に、お願いをしよう」
僅かに自生している山菜を掘り起こす手を止めたおとっちゃんがそんなことを言い出した。
神様? なんだそれくえるのか
「…お願いって、なんだよ。それより今は、少しでも食える葉っぱ見つけるのが大事だろ……」
「一日かけて、村人一人分にも満たない山菜を取ったって焼け石に水なんだ。お前だって気付いてるだろ」
投げ捨てたカマがカツンと音を立てて石にぶつかり、面白いようにそのまま崖下へと落ちて行く。自棄になって起こされたそのおとっちゃんの行動に、苛立ちを感じた俺はそのまま「なにやってんだよ!大事な農具だろうが!」胸倉を掴もうとしたけど、だめだ力が出ない。おとっちゃんは俺の行動も気にせずに、また「神様だ」と言った。
「神頼みだ。もう、縋る手はそれしかない」
「だから、この状況を助けてくれるような神様がどこに…」
「お前も死んだ爺さまから聞いたことはないか。この山の奥深くにいる、自然と生き、作物を実らせる稲の女神さまのことだ」
「……聞いたこと、あるような ないような。 どういう名前の神様だっけ」
「"奇稲田姫"だよ」
地獄に仏? いやただの錯乱状態だろう。
おとっちゃんが提案した「神頼み」に賛同する村人は、驚くことに全員 だった。
誰も彼もが「そうだ」「それしかない」と口にしている事態に俺は目をひん剥くので忙しい。本気か? その奇稲田姫とやらを探すため、山登りの準備をしている村のみんな。待ってくれよ、そんな元気があるんなら少しでも多くの食べ物を見つけるのが……
「ナマエ、何してる。お前も早く準備しないか」
……こんな時ばっかり、昔みたいな"怖いおとっちゃん"しやがって。
渋々、言われるがまま俺も準備をする。とは言っても特に持って行くものなんて思い浮かばない。せめて野良猪が出た時のために鎌ぐらいは。
「でもよ、アテはあるのか?ただ広い山を歩き回ってるだけじゃ全滅だぞ」
「散開して探すしかないだろうな」
それこそ全滅の心配があるんじゃ……
でも今さら、俺が何を言っても聞く耳なんて持たないだろう。善は急げ、とばかりに皆もう出かけるみたいだった。犬まで連れていく始末。そんな老犬まで駆り出すことじゃない。可哀想だろ、安楽死させてやれよ。
「………大体、神様が本当にいるってんなら、もっと早くに俺らを助けてくれてたらさぁ……」
そうすれば、妹も、母さんも、
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