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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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現金なやつら


仕事柄、どうしてもポケモン達は俺に懐いてくれなかった。
身体のあちこちから滲み出る苦い臭いのせいだ。
この臭いの正体は"漢方薬"にある。



フエンタウンで漢方薬を営んでいる店主とは知り合いで、仕事がなく、路頭に迷っていた俺を見かねた店主が雇ってくれたのがキッカケだった。

ポケモンスクールを卒業した俺にももちろん、ポケモントレーナーをやって、ジム挑戦して、ポケモンリーグに挑むって言う目標があった。
でもそれに関しては幼馴染であるアスナがよく言っていた。

「あんたはポケモンバトルよりもその頭の良さを生かせる仕事の方があってるよ」

これは本当に小さい頃からアスナが言い続けてたことで、それは俺もよく理解していたんだ。勉強は出来るけど実践に弱いのが俺のダメなところで、応用が利かない。
判断をするのが遅くて、バトル中に何度も思考停止をしてしまう。
そのせいで何度もポケモン達に"負け"を味あわせてしまった。


だからトレーナーを諦めて、何か別の形でポケモンと携われる仕事はないかと探していた。

なので漢方薬の店で働けることは純粋に嬉しかったし、やり甲斐もある。
ただ問題なのは、肝心のポケモン達に懐かれなくなった。これだけだ。



「ばんのうこなの配達も終わったしー、ちからのこなも届けたー、後は……」


時折砂漠から吹いてくる砂粒を被らないように特製のリュックサックに入れていた漢方薬は全部無くなった。頼まれていた配達は全部終わった。

「ふぅ〜…」
凝り固まった肩を解しつつ、溜息を吐いて道端で休息をとる。デコボコとした岩が道端に転がる道路には、自転車で走り抜けるトレーナーの姿も、砂漠横断を試みるキャンプボーイの姿も、火山登頂を目指す山男の姿もない。夕刻と言う微妙な時間帯には人はいなくなる。この分ならフエンタウンにも早く帰れるかも知れない。何事も混雑していないと言うのは好都合だ。


少しの休憩を終えて、立ち上がる。
早く帰って温泉に行こう、なんて考えながら空のリュックを背負い直した時、それは唐突に現れた。


『グルルル……』

「う、わあっ!?…え、グラエナ!?こんなところに?」


俺が下ろしていた岩影から現れたのは一匹のグラエナだ。
黒と灰色の毛並みを砂埃で汚し、獰猛そうな瞳はギラリと光っている。こんなところに、しかも一匹で行動しているなんて珍しい。この地域では普段あまり見かけないタイプのポケモンなのに。


突然現れたグラエナは俺を襲うのかと思いきや、俺の前を右に左にウロウロと歩くばかり。
俺に近づこうかどうか、迷っているみたいだ。何故迷っているのか、どうして近付けないのかを考えて、そうか臭いのせいだと直ぐに合点がいく。今日の俺の体臭は、漢方薬の色々な苦い臭いが混ざって大変な惨事になってるんだろう。
生憎鼻がすっかり利かなくなった俺とは違い、獣であるグラエナの嗅覚にはキツイことになってるに違いない。ごめんなと謝りたくなったほどだ。


「俺なんかを襲っても、美味くもないし金目のものも食べれるものも持ってないぞー」

だから諦めてくれ、と言ってみたところ、グラエナはある一言のところで反応をした。
"食べれるものも持ってない"
そこを聞いたグラエナは、あからさまにガッカリした様子だ。ピンと立てていた耳を折り、こっちが申し訳なくなるぐらいしょぼくれてしまった。


「…もしかして、お前、腹が減ってて食べ物を貰いたかったのか?」


グラエナは小さく頷いた。


可哀想に。ここで俺の中の同情心が盛大に働き出す。
きっとこのグラエナは仲間たちと逸れて、一匹で行動をしてたが慣れない火山と砂漠の土地のせいで満足に餌も取れず空腹に困っていたに違いない。しかも周りには人っ子一人見つからず、ようやく見つけた俺も食べ物を持っていない、その上鼻が曲がる程の臭いを発してるときた。
グラエナの心境も推して測るべし。俺でも落胆する。哀れ、余りにも哀れ。


俺はすっかり、自分の中で作り上げた勝手なグラエナの妄想に一人で切なくなる。
どうにかしてやりたい。そんな気持ちでいっぱいになった。
それでなくとも、漢方薬の仕事を始めてから初めてぐらいに起きたポケモンとの交流を、無碍にすることなんて出来るはずもない!


「グラエナ、聞いてくれ。」

『?』

「この山路を少し上がった所に、物凄く美味い煎餅を焼いてる店がある。そこまで俺が連れて行ってやるし、たくさん買ってお前にあげよう。だからそこまで、頑張れ!!」


漢方薬の臭いをプンプンさせてる俺に渋面を作っていたグラエナも、最後の言葉を聞くと途端に『ガウ!』と吠えて俺の隣にまでやって来た。
「げ、現金な奴めー!!」
俺はと言えば、俺の方が現金だ。にやけが止まらない。
だって、久しぶりのポケモン!
アスナのコータス以外のポケモン!!
グラエナ!


『ガルゥ!』

「ん?なんだ?臭いなんてもう気にならないってか?」


鼻先を俺の足に摺り寄せて来たのはつまりそう言うことで良いんだよな?

グラエナは、『そうだ。だから早くその煎餅とやらを食べさせろ』と言ってくるみたいに俺を見上げている。

ようし!なんだかテンションも上がってきたぞ!何枚でも食わせてやっからなグラエナ!と浮かれた俺が、グラエナに20枚目のフエンせんべいを食べさせてあげていたところへ帰りが遅いのを心配してくれた店長に怒られるのは一時間後の話だ。


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